30代後半〜40代前半の男性を「40男」と定義付け、「彼らはある問題を抱えている」と語るのは男性学の第一人者、田中俊之さん。

ここでは田中さんの著書『〈40男〉はなぜ嫌われるか』から、その具体的な例を紹介しましょう。心当たりがある人は注意が必要かも!?

01.
「自分は例外的に若い」と
思い込んでいる

同窓会に出席して、ある「確信」をする40男がいる。あいつらはすっかり変わったけれど、自分はまだまだ若い。そう心の中で呟くのだ。確かに、40代にもなれば、頭髪が薄くなったり、太ってしまっていたり、若い頃からは想像できないような外見になっている人がある。髪の毛が無事で、体型をある程度維持している側からすれば、老けて見える同級生を見下したくなる気持ちは、分からなくもない。

単なる自己評価ではなく、他人からも若いと言われた経験があると、ますます勘違いがひどくなる。俺は客観的に見ても若い。そうした自信が湧いてくる。

もちろん、一部に、若く見える40男は存在する。それを否定しようとは思わない。ただ、若く見える側に属しているからといって、優越感に浸れるほどの差はないことを自覚する必要がある。若い、老けているというのは、あくまで40男という範囲の中での話にすぎないからだ。その内部での微妙な差異にこだわってみたところで、傍から見れば良くも悪くもただの「おじさん」である。決して30歳に見える外見をしているわけではないのだ。

02.
仕事というフィルターを通して
世界を見るクセが
染み付いている

楽しく飲んでいたはずが、いつの間にか仕事の話になっている。せっかくの日曜日なのに明日からのスケジュールが気になってしまう。20年近く働いてきた40男なら、誰でも心当たりがあるだろう。

40男の生活は、すっかり仕事に支配されてしまった。ボクサーの鼻や騎手の股のように、見て分かるわけではないから、自分では気がつきにくい。

しかし、仕事への熱意を頭ごなしに否定しているのではない。働くのが面白いという感覚は、僕にだって分かる。仕事は生活のハリにもなるし、抑圧にもなる。こうした両義性を理解しないと、仕事をめぐる議論は水かけに終わってしまう。

そんなときは、就職したばかりの頃の気持ちを思い出してみよう。仕事だけで終わっていく毎日にあれだけ疑問を持っていたではないか。あの頃、僕らの視野はもっと広かった。仕事以外にもっとやりたいことがあった。働き続けるうちに、常に仕事というフィルターを通して世界を見るようになっている。

自覚症状はないだろうけど、40男の目に映る世界は間違いなく歪んでいる。

03.
社会からの「逸脱行為」を
誇らしげに語る

男性が自分の「男らしさ」を証明する方法には、達成と逸脱の2種類がある。

この議論は若い世代で考えてみると分かりやすい。例えば、高校生の男子であれば、野球やサッカーで活躍したり、有名大学に合格したりといったことを達成すれば、「男らしさ」を証明できる。ただし、スポーツにしても勉強にしても、競争を勝ち抜かなければいけないから、何かを達成できる男子の数は限られる

そして、達成できなかった男子に残された手段が、逸脱である。ルールを破ることで「男らしさ」を証明する。一昔前なら、ヤンキーがその典型だと考えられる。2013年に話題となった、20代前半のコンビニ店員がアイス用冷凍ケースの中で寝転がっている写真をSNSに投稿して炎上した事件などは、これに該当する。

若者を例にして考えてみたのは、現実には何歳になっても自分の逸脱行為を自慢する男性はいるけれど、中年になると逸脱が「男らしさ」の証明につながらない可能性が高いからだ。

残業や連勤をアピールするのは、「1日8時間勤労土日休み」というルールを破っているためである。健康診断の数値が悪かったと周囲に言って回るのは、健康という人類の願いから離れた自分を誇っているからに違いない。

いずれにしても、聞いている側からすれば痛い。若い頃からの習慣になっているから気がつかないのかもしれないが、40男の逸脱自慢は恥ずかしいだけなので、なるべく早く止めた方がいい

04.
変なプライドが邪魔して
うまく人との距離を
縮められない

女性は幼い頃から、他人と強調するように育てられてきた。もちろん、個人の差はあるにしても、表面的にとりつくろう能力に長けているケースが多い。一方、男性は子ども時代に男性同士で競争するようにしつけられている。そのため、一般的に、ちょっとしたコミュニケーションが苦手である。

こうした傾向は中高年になっても続いていく。大学の教員になってから10年近く、各地の男女共同参画センターや公民館で市民講座を担当してきた。その経験から言うと、女性の受講者はこちらが何か働きかけをするまでもなく、勝手に親しくなっている。年齢の垣根も容易に越えていく。

一方で男性は、講義が終わったとたんに、蜘蛛の子を散らすように帰る。地域の仲間づくりがテーマの時でさえ、同じ事態が起こる。講義の最中にさかんに頷いていたのは何だったのか、と問いただしてみたいほどだ。

「ちょっとこのあと、コーヒーでも飲みにいきませんか」。地域に知り合いを増やしたくて参加しているのだから、このひと言を発すれば簡単に友だちは作れるはずである。しかし、自分から誘うのは癪に障るのだろう。自分からというのが何か負けたようで気に入らないのだ。かといってあからさまに誘われるのを待つわけにもいかないい。だから、一目散に会場を後にする。

『〈40男〉はなぜ嫌われるか』著:田中俊之(イースト新書)

「アラフォー」などという生易しい呼び方はやめようーー。この本では30代後半から40代前半までの男性を「40男」と呼び、彼らのリアリティと現実のギャップを痛快に解説!「昭和的男らしさ」と「平成的男らしさ」の狭間を生き、「若いですね」と言われたい中年男たちの正体とは?