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iPhone 7シリーズから3.5ミリヘッドフォンジャックが省かれたのが話題になっている。レガシーポート、フロッピーディスクドライブ、光学式ドライブ等々、過去にAppleは何かを省くことで、ユーザーが新しい何か(USB、CDドライブ、ダウンロード/ストリーミング等々)を使わざるを得ない状況にして変化を加速させてきた。ヘッドフォンジャックもその1つに数えられるが、実はこの秋、Appleが変化を促していることがもう1つある。ヘッドフォンジャックが目立ちすぎてほとんど話題になっていないが、同社はソフトウエアのビジネスモデルを変えようとしている。

AppleのApp Storeには、アプリを無料体験する仕組みが組み込まれていない。また、アプリがメジャーバージョンアップになった時に既存ユーザーが割引き価格で新バージョンにアップグレードできる仕組みもない。数ドル程度のアプリなら買ってみて失敗してもあきらめられるが、高額なアプリを試すことなく購入ボタンを押すのはためらわれる。

しかも最近、モバイルでもで高機能なアプリへの需要が高まり始めている。最新のiPhone 7シリーズは一昔前のPCと変わらない性能を備える。iPadもそうだ。私は昨年末からずっと12.9インチのiPad Proを日常的に使っているが、性能面で言えば、それまで外で仕事する時に使っていたMacBook Airと遜色ない。

iPadをProユーザーに拡大したいのなら、Proユーザー向けの高額なアプリをユーザーが迷わずに購入できるように無料体験を用意するべきではないだろうか……。それが今、Appleがユーザーに強いているもう1つの不便である。ヘッドフォンジャックを省略してユーザーをワイヤレス/Lightningに導こうとしているように、無料体験の省略にもAppleが見据える次のステップがある。「サブスクリプション」だ。そこにアプリ開発者とユーザーを導こうとしている。

○サブスクリプションなら無料体験も

WWDC 2016の直前にAppleはApp Storeのいくかの変更を明らかにしたが、その中に新しいサブスクリプションが含まれる。まず、それまでニュース、クラウドサービス、オーディオ/ビデオ・ストリーミングなどに制限していたサブスクリプションを、全てのカテゴリのアプリが採用できるようにした。さらに分配率を変更した。Appleはアプリ収入の30%を手数料として徴収しているが、ユーザーのサブスクリプション期間が1年を超えたアプリに対しては手数料を15%に引き下げた。

こうした変更を追うだけでは、Appleの狙いが見えてこないが、App Storeを統括するPhil Schiller氏のインタビューをまとめたThe Vergeの「App Store 2.0」というレポートを読むと、ユーザーに高い価値を提供するアプリ(=価格が高いアプリ)を売り切りモデルからサブスクリプション・モデルに導こうとしているのが分かる。

ユーザーにとって高機能なアプリは高い買い物になる。購入しても、すぐに使わなくなったら大損だし、別の優れたアプリが出てきた時に高い金額を払ったという理由で今のアプリを使い続けていくのはストレスがたまる。サブスクリプションだったら、今使っているアプリに不満を覚えたら、契約期間が一区切りしたタイミングで使用を打ち切ればムダな出費を抑えられる。別のアプリへの乗り換えが容易なだけに、開発者はユーザーをつなぎ止めるために改善やユーザーとの関わり強化に努めるだろう。売り切りよりもサブスクリプションの方が、製品を愛用するユーザーと開発者が密な関係を築ける。開発者にしてみたら、1〜2年またはそれ以上に長いメジャーアップグレードのサイクルを待たずに継続的に安定した収入を得られる。

私個人、App Store経由ではないが、すでにOffice 365、Creative Cloud、TextExpander、ATOK、1Passwordなどをサブスクリプションで使用しており、いずれにも満足している。サブスクリプションの方がアプリ開発者をサポートしている感じが強く、また開発者側もユーザーを大事にして、開発の進捗報告や頻繁なアップデートなどユーザーへの働きかけが濃密だ。だから、Appleがサブスクリプションを推すのはよく理解る。

新しいサブスクリプション・モデルでは、自動更新のサブスクリプションに対して、これまで避けてきた無料体験の提供を認めている。従来のソフトの無料体験と違って、サブスクリプションの無料体験は継続性があると判断したのだろう。App Store 2.0によると、Schiller氏は「(無料体験や有料アップデートなど)全てを検討している。その上でユーザーにとって良い体験とは何かを評価し、それをベースに判断している」と述べていたそうだ。

○Omniショック、サブスクリプションに根強い抵抗

iOS 10がリリースされてしばらくが経ち、この半年をふり返ってみると、いくつかのソフトウエアベンダーがサブスクリプションへの移行に踏み切った。が、TextExpanderも、1Passwordも、既存ユーザーからは歓迎されなかった。Evernoteのようなクラウド・ベースのサービス、セキュリティソフトのように常にアップデートされるツール、またはCreative Cloudのように継続的に新機能が提供されるソフトでサブスクリプションの効果は示されているものの、アプリの購入がサブスクリプションに置き換わることに抵抗感を抱いている人はまだまだ多い。

Appleにとって悪いニュースを1つ紹介すると、The Omni GroupがMac版の「OmniGraffle 7」のリリースで、サブスクリプションではなく、「無料版+アプリ内購入による標準版またはプロ版へのアップグレード」を選択した。同社はApple製品向けのみに良質なプロダクティビティ・ツールを提供し続けており、熱心なユーザーを数多く抱える。製品の価格帯は30〜300ドルと、プロ向けと呼べるソフトウエアで、Appleがサブスクリプションに移行して欲しいソフトウエアベンダーにぴったりと当てはまる。だが、売り切りモデルにとどまった。

良循環の糸口が見出せないというか、サブスクリプションに対して開発者もユーザーも二の足を踏んでいるのが現状である。プロユーザーのニーズを満たすような高機能で安定して高性能なアプリの開発には時間がかかる。しかし、そうしたアプリの開発にじっくりと取り組める環境を作らなければ、PCに迫る性能を備え始めたモバイルデバイスを活かせない。ソフトウエア産業の将来を見据えたら、売り切りモデルとサブスクリプションのどちらに成長の可能性があるかは明らかだ。

(Yoichi Yamashita)