映画『ダゲレオタイプの女』:黒沢清監督&タハール・ラヒムが語る仕事術

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ヨーロッパで根強い人気を誇る黒沢清監督が、オールフランスロケ、外国人キャスト、全編フランス語で撮り上げた海外初進出作品『ダゲレオタイプの女』は、世界最古の写真撮影方法ゥ瀬殴譽タイプイ鬚瓩阿蝓∪犬隼爐鮓つめた究極のラブストーリーだ。

主人公を演じたのは、セザール賞主演男優賞を受賞したジャック・オディアール監督作『預言者』、中国の鬼才ロウ・イエ監督作『パリ、ただよう花』、イラン映画で初めてアカデミー外国語映画賞を受賞したアスガー・ファルハディ監督作『ある過去の行方』、ドイツの若き名匠ファティ・アキン監督作『消えた声が、その名を呼ぶ』など、世界の名だたる監督たちから信頼を得る実力派タハール・ラヒム。初来日したタハールと黒沢監督が、初タッグを組んだ本作について語ってくれた。


(C)FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinéma

ーお二人はどのようにして出会ったのですか?

黒沢監督:初めてタハールに出会ったのは、フランスの北部で開催されたドーヴィル・アメリカ映画祭だったと思います。その時はこの映画の企画は動いていなかったので、ちょっと挨拶した程度でしたね。

そして、フランスで映画を撮る企画が立ち上がった時に、イ△了に会ったタハールがいいなイ函H爐出演している他の素晴らしい作品も見ていたので、迷いなく第一候補に挙がりましたね。だけど、真っ先に浮かんだのはスケジュールが調整できるのかという懸念。彼はとても忙しいので、スケジュールを合わせるとなると、10年先になっちゃうんじゃないかなとかね(笑)。

タハール:僕は、イ海鵑糞_颪鯑┐垢錣韻砲呂いないイ箸いΥ兇犬任靴燭茵

ータハールさんはこれまで名だたる監督とお仕事されてきましたが、黒沢監督と出会う前から黒沢監督の存在や作品はご存知でしたか?

タハール:もちろん知っていました。初めて黒沢監督の作品を見たのは、モンペリエの大学に通っていた頃で、僕はジャンル映画について勉強していました。そのとき日本映画で取り上げられていたのが、黒沢清監督と北野武監督でした。特に黒沢監督の作品は研究していましたよ。最初に見た作品は『CURE キュア』(1997)で、その後『叫』(2006)、『回路』(2000)を見ました。

-映画の勉強をされていたとのことですが、俳優になろうと思ったきっかけというのは?

タハール:俳優になろうと決めたのは、とても自然なことだったんです。小さい頃から小さな町に住んでいたので、暇があると映画館に通っていました。テレビでも常に映画を見ることができたし、友人で海賊版ビデオを持ってる人もたくさんいたし(笑)。子供の頃から映画をたくさん見ていたので、その頃の体験がきっかけで俳優になったような感じですね。

ーちなみにヨーロッパにゥヨシストイ噺討个譴觜沢監督のファンが多いのは何故だと思いますか?

タハール:やはり『ダゲレオタイプの女』のようなジャンルの映画を撮るのが、抜群にうまい監督というのは大きいと思います。僕はこのジャンルをゲ奇ホラー映画イ噺討鵑任い襪里任垢、このジャンルにおいて黒沢監督の右に出る者はいないですよ。

フランスは映画王国でシネフィルが多いのも、黒沢監督のファンが多い理由ではないでしょうか。まあ、こんな風に深読みしなくても、素晴らしい監督は一目見て素晴らしいですけどね。

ー日本人監督が撮ったとは思えないような、フランス映画らしいゥ襯奪イ鮖った作品でした。

黒沢監督:そうですね。映画を撮る時、まず物語があって、そこに俳優がいて、ロケーションがある。僕はそういうところから生まれるその映画の持つ映画らしさ、その映画が持っているパワーみたいなもの大切にしているんです。それはフランスで撮ったからということに限らず、その状況の個性を最大限に引き出すことが現代の映画作りの基本です。だから、僕自身の何かを入れ込もうということは一切考えていないんですよ。正直、僕自身なんてどうでもいい。映画だけが持ちえる何かを最大限に引き出すことが、僕が最も望むこと。それが僕の仕事だと思っているんです。だから、そのゥ襯奪イ箸いΔ發里、この作品でも一番目立つ形で出てきているはずですし、それがまさに理想的な映画なんです。


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ー水銀と植物、写真と現実、デジタルとアナログ、死者と生者など、メタファーが際立っている作品ですよね。脚本を書いている時点から、そういった狙いはあったのですか?

黒沢監督:そこまで対立・相反する要素をきちんと指摘されたのは初めてですね。おっしゃる通り、生と死というのは分かりやすくこの映画の中に存在していますが、それ以外にもさまざまな異なる二つのものが存在しているのかもしれません。そんなにあちこちに対立するものを配置しようと思っていたわけではないんですよ。メインとなる生と死、あるいは写真と現実、それは意図的に配置しましたが、それを表現しようとして、その他色々な対立するものを無意識で映画の中に導入していたのかもしれません。

ータハールさんは、そういった要素を脚本から読み取りましたか?

タハール:確かにシナリオを読んだ段階で、幽霊と人間、死んでいる人と生きているひと 人の対比は意識しました。それ以外はシナリオを読んでいる時点では気が付きませんでしたが、映画になって気づいたことはあったかもしれません。

ー主人公の変遷すら、見事な対比に感じられるほどです。

黒沢監督:映画は本質的に光と影のコントラストで成立している表現なので、両極の二つの要素がいたるところに見られるのでしょう。主人公が、最初は対立していたものにいつの間にか変化していくというのは、ドラマ作りの基本だし、とても重要な要素ですよね。

ー現場は対立することなく、和気あいあいとしていたみたいですが(笑)。

黒沢監督:一致団結した現場でしたよ(笑)。

ーお二人のコミュニケーションは通訳を介してのものだったと思いますが、そこに難しさは感じましたか?

タハール:難しさは全くありませんでしたね。今回の通訳さんはシネフィルで、黒沢監督について知識がある人で、とても素晴らしく言葉を訳してくれました。これまで出演してきた外国映画で、本当に言葉の直訳しかしてくれない通訳さんもいたりして、そういう時は言葉の裏にある考えやニュアンスが伝わってこないので難しかったですが、今回の通訳さんは完璧でしたよ。

ー有能なスタッフに恵まれた現場だったんですね。

黒沢監督:僕が全くの新人無名監督だったら、皆さん相当悩むこともあったかもしれません。だけど、これまで結構な数の映画を作ってきたので、スタッフの方々も僕の映画を事前に予習してくれていたんですよね。僕の言葉が曖昧でも、イっとあの映画のあの感じのことを言っているんだなイ辰突解してくれていた。それは大きかったですね。

ー初海外進出作品がフランス映画になったのは、偶然の巡り合わせですか?

黒沢監督:日本人監督なら誰しもが思っていることかもしれないですが、昔からどこか外国で映画を撮ってみたいという思いはありました。最初は絶対フランスでとは考えていなかったのですが、フランスという国は海外の監督にも撮らせようという、おおらかで自由で、映画に対して貪欲な姿勢の国なので、初海外作品がフランスで撮れたことは幸せでしたね。

ー黒沢監督がインド映画を撮ったらちょっと驚きますけど、フランス映画と聞くとすごくしっくりきます。

黒沢監督:依頼があればインド映画もやってみたいですけどね(笑)。僕もやっとこうして海外で一本撮れたけど、外国映画を撮るチャンスは、日本人監督にはなかなか巡ってきませんね。多分言葉の壁が大きいのでしょうが。

ータハールさんは、色々な国の監督とお仕事されていますが、どんな風に作品選びをしているのですか?

タハール:まずは監督ですね。ある程度作品を撮っている方なら、それまでの作品を見て理解できます。1本くらいしか撮っていない監督だったら、実際に会って話してみることが大切ですね。あとは脚本と、自分が演じる役柄ですね。

ーどんな役柄に魅力を感じるのですか?

タハール:やはり黒沢清監督作品のような世界観の中で演じることが夢ですよね。今後やってみたい役柄であれば、信仰も道義もないような、本当に嫌な奴だけど憎めないような役をやってみたいですね。『カジノ』のジョー・ペシや、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のダニエル・デイ=ルイスや、『狩人の夜』のロバート・ミッチャムみたいな。道徳心も何もないような役をやってみたいんです。

ーいわゆるピカレスク映画ですね。黒沢監督に脚本を書いてもらいましょう(笑)。

黒沢監督:フランスからやってきた男が、東京で人を殺しまくる映画とかね(笑)。

タハール:それ、いいですね!(笑)

『ダゲレオタイプの女』
監督・脚本:黒沢清
出演:タハール・ラヒム、コンスタンス・ルソー、オリヴィエ・グルメ、マチュー・アマルリックほか
配給:ビターズ・エンド
http://www.bitters.co.jp/dagereo/
10月15日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次公開。

黒沢清(くろさわきよし)
◯1955年7月19日、兵庫県生まれ。『スウィートホーム』で商業映画デヴューし、『CURE キュア』で世界的な注目を集める。その後も、『ニンゲン合格』『回路』『アカルイミライ』『LOFT ロフト』『叫』と精力的に作品を発表し続け、国内外から高い評価を受ける。近年も、『岸辺の旅』で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞するなど、名実ともに日本を代表する映画監督である。

タハール・ラヒム
◯1981年6月4日、フランス生まれ。ベアトリス・ダル主演の『屋敷女』(ジュリアン・モーリー&アレクサンドル・バスティロ監督)などに出演後、ジャック・オディアール監督作『預言者』の主演に抜擢され、セザール賞主演男優賞と有望若手男優賞をダブル受賞。その後、『パリ、ただよう花』(ロウ・イエ監督)、『ある過去の行方』(アスガー・ファルハディ監督)、『消えた声が、その名を呼ぶ』(ファティ・アキン監督)などに出演。世界中の名匠たちから注目を浴びる、フランスを代表する若手実力派として活躍中。