ぬいぐるみのような愛らしいルックスの小さなEV(電気自動車)「rimOnO(リモノ)」が大きな注目を集めている。rimOnO は国交省が構想する「超小型モビリティ」に分類される乗り物で、これまで“大きく”、そして“速く”という方向で進化してきたクルマ社会に大きな変革をもたらすのではないかと期待されているのだ。まだ製品化されてはいないが、プロトタイプはすでに発表済み。どのような乗り物なのかを、開発者のrimOnOに込めた思いを交えながら紹介しよう。

rimOnO の発売は、2017年夏を目指している

rimOnOの目指すクルマ社会とは?

“乗りモノ”から“No”をなくそうという思いでネーミングされた「rimOnO(リモノ)」は、社長である伊藤慎介さんとデザイナー兼技術責任者を務める根津孝太さんによって開発された。伊藤さんは、日本版スマートグリッド構想や世界初の自動車用リチウムイオン電池プロジェクト、電気自動車タウン構想など多くのイノベーティブな国家プロジェクトに携わってきた経産省出身。しかし、どんなに熱意を持って立ち上げたプロジェクトでも任期のある官僚では、担当者がいなくなると補助金目当てのように使われてしまう状況に疑問を抱いていたという。「社会を変えるにはキーとなるプロダクトを作ることが大切で、自分はその当事者になりたい!」と経済省を辞め、株式会社rimOnOを起業。“これなら欲しい”と多くの人に思われる乗り物を作り、それが走れるような制度や街、社会のあり方を問う。rimOnOを通して伊藤さんが仕掛けようとしているのは、そんなイノベーションだ。

15年務めた経産省を退官し、株式会社rimOnOを立ち上げた伊藤慎介さん(右)とデザイン担当の根津孝太さん(左)

では、rimOnOが公道を自由に走れるようになると、社会はどのように変化するのだろうか。これまで自動車は速く走れるように高出力のエンジンを搭載し、安全性や居住性を高めるために車体は大きくなる傾向にあった。それに対し、rimOnOは2.2(長さ)×1(幅)mというコンパクトなボディで、最高時速わずか45 km/h。「街を走っている大きな車体の自動車には、1人か2人しか乗っていないものも多い。でも、それはエネルギーの無駄ですし、車道や駐車のスペースも圧迫してしまいます。細い道などでは、ドライバーも歩行者も怖い思いをすることもありますよね。それならいっそ、スピードはあまり出ないようにして車体も小さくしてしまおうと。将来的な都市のあり方としてコンパクトシティ化も叫ばれていますが、その流れにも合っていると思いました」(伊藤さん)。

そして、電気を動力とするrimOnOは静かで排気ガスも出ない。くわえて、小さくてスローでエコな乗り物であれば、今まで自動車が入れなかった場所にまで乗りつけられる。たとえば、駐車場からお店まで距離があるようなショッピングモールで屋内まで自動車で乗り入れできたとしたら、重い荷物にも困らないし、歩行が困難な方の助けにもなるだろう。「スピードは出なくていいけれど、交通手段として自動車が必要な層がいます。そういう方たちにとっては、どれだけ目的地の近くまで自動車で行けるかが重要。歩行が困難な方や高齢者をサポートするだけでなく、活動範囲を広げるツールにrimOnOはきっとなるはずです」(伊藤さん)。

近年は高齢者による事故の増加などから、一定の年齢に達したら免許の返納を求めるような動きもあるが、rimOnOのように速度の出ない自動車があれば高齢者の運転に対する考え方が変わるかもしれない。

大人は2人まで乗車できる

大人は2人まで乗車できる

乗り降りしやすいように、前シートは90度回転する

乗り降りしやすいように、前シートは90度回転する

リアシートは子どもなら2人まで乗れるので、大人1人+子ども2人での乗車も可能

リアシートは子どもなら2人まで乗れるので、大人1人+子ども2人での乗車も可能

rimOnOの車体は一般的な乗用車の1/4のサイズなので、駐車スペースも少なくてすむ

rimOnOの車体は一般的な乗用車の1/4のサイズなので、駐車スペースも少なくてすむ

モーターは、ホイールと一体となったインホイール式を採用。左右2つの合計5kWの出力となる予定

モーターは、ホイールと一体となったインホイール式を採用。左右2つの合計5kWの出力となる予定

容量4kWhのバッテリーを搭載。長距離移動する時は、バッテリーを交換しながら走行する

容量4kWhのバッテリーを搭載。長距離移動する時は、バッテリーを交換しながら走行する

小回りが利くコンパクトな車体で、新たな自動車ライフの提案ができそうなことは理解できた。しかし、どんなに小さくて速度が出なくても自動車は自動車。屋内に侵入できるほどになれば、人との接触は高確率で懸念される。そんな疑問に答えてくれたのは、デザイナー兼技術責任者の根津さん。「ぶつかった時の衝撃は速度と車重に比例するため、軽量でスピードの出ないrimOnOはドライバーと歩行者双方に安全です。さらに、rimOnOの外装素材はクッション性のあるウレタンを布で覆ったもの。もしも人とぶつかったとしても、ショックをやわらげてくれます」。

rimOnO試作車の車重は約320kgだが、製品化の際には200kg以下を目標としている。一般的な乗用車が1トン程度あることを考えると、たとえ同じ速度で走っていたとしても衝撃の差はあきらかだ。

ボンネットやドアなどの車体はやわらかいウレタン素材で、さらに布で覆われている。低反発クッションのような感触だった

安全性と快適性をかわいさを両立させたデザイン

続いて、ひと目見れば釘付けになるキュートな車体について深堀りしてみたい。デザインを担当した根津さんは元トヨタ自動車の社員で、2005年の愛知万博で出展された「i-unit」のコンセプト開発リーダーを務めた後、独立。以降も、電動バイク「zecOO(ゼクウ)」やトヨタ自動車のコンセプトカー「Camatte (カマッテ)」などのデザインを手がけているスペシャリストだ。そんな根津さんでも、rimOnOをデザインするのは苦労の連続だったという。

直立したような姿勢で乗車する「i-unit」(左)と電動バイク「zecOO」(右)。どちらも、かなりスタイリッシュだ

そもそも現状の自動車のサイズは、乗る人の安全や快適さなどを総合的に計算して設計されている。公道を走ることができ、そのうえで大きな事故も起こさないようにするために配置1つひとつに多くのノウハウや知恵が駆使されているのだ。しかし、rimOnOほど小さくなると従来の設計の考え方をそのまま活用することはできず、かといって、単純に法規に対応させるだけでは“誰でも安心&快適”にもならない。たとえば、rimOnOの大きな特徴のひとつであるボンネットの高さと窓のバランス。一般的な自動車はボンネットと窓の比率はほぼ同等であることが多いのに対し、rimOnOはあきらかに窓のほうが長い。エンジンのないEVはボンネットを低くしやすいとはいえ、着座の際の足の納まりを考えるとある程度の高さは必要だ。また、安全性を考慮すると窓の大きさにも制約がある。このように安全と快適を確保しつつ“カワイイ”と思ってもらえるサイズ感とデザインを実現するために、何度もレイアウトを調整したという。「今の時代、いい加減に作られた自動車なんてありません。違和感なく乗れるのは、当たり前。そこまでやってやっと“0(ゼロ)”、そしてそこから“いいな”と思ってもらえる“1”にするのが僕の仕事です。rimOnO の開発当初からのコンセプトである“小さくてかわいい、素敵な乗りモノ”を具現化するために注力しました」(根津さん)。

狭そうに見える車内だが、想像しているよりもゆったりと座れる。また、前方や後方、サイドまで視認性もバツグン!

このほかにも、ステッチで“ぬいぐるみのクルマ”感を演出したり、ハンドルはスクーターに搭載されているような形状にするなど、これは自動車なのか? と不思議な気持ちになる遊び心満載のデザインが随所に見られる。さらに、一部パーツを着せ替えできるように構想しているという。

ボディの各パーツの縁にはステッチが! 本当にぬいぐるみみたい

ボディの各パーツの縁にはステッチが! 本当にぬいぐるみみたい

運転で扱うのはハンドルのみ。バイクのハンドルのような形状となっており、右手をひねってアクセルを操作し、ブレーキは手もとのレバーでかける。なお、ペダルは存在しない

ボンネットなどの外装は、取り外し可能。製品化の際には着せ替えできるようにしたいという

ボンネットなどの外装は、取り外し可能。製品化の際には着せ替えできるようにしたいという

また、見た目だけでなく音も独創的なものを用意する予定。現在、いろいろ試作しているところだが、たとえば“もしrimOnOが楽器だったら”とイメージした場合、アクセルを開けると楽器が奏でられ、ウインカーもその演奏にあわせてリズムを刻むような音を構想している。電気自動車はエンジン音がしないため、歩行者が自動車の接近に気付きにくい。この課題をクリアする音を考えていた時に、せっかくなら街を楽しくするような音を流したいと思ったという。ちなみに、プロトタイプの音作りは楽器メーカーのローランドが担当した。

まるで映画や漫画の世界から出てきたようなrimOnOだが、株式会社rimOnOは工場を持たないいわゆるファブレスメーカーであるため、2人だけでは製品として形にすることはできない。数々の企業との協力によってrimOnOは誕生したのだ。たとえば、外装を布にすることは企画段階で決まっていたが、ボンネットやドアまでウレタン製とし、交換できるようにしようと提案したのはプロトタイプの車両製作を担当したドリームスデザイン株式会社。ウレタン素材は二次曲面的なデザインを実現するのにも都合がよく、結果的にrimOnOの特徴であるぬいぐるみのような質感が際立った。さらに、当初から予定されていた車体を布製にするというアイデアをカタチにできたのは、テント用の耐候性の高い布地を提供してくれた帝人フロンティア株式会社があってこそ。また、シートの快適性を保ちながら薄くして回転機構を搭載できたのは、三井化学株式会社の衝撃吸収性にすぐれたウレタンフォームのおかげだという。

雨の中を走行しても問題ない素材があったからこそ、全体を布製にすることができた

雨の中を走行しても問題ない素材があったからこそ、全体を布製にすることができた

三井化学製のウレタンフォームは、シートやボディの素材として数種類のものが適材適所で使用されている

三井化学製のウレタンフォームは、シートやボディの素材として数種類のものが適材適所で使用されている

課題は法制度の整備にあり!

多くの協力企業の力を借りて形となったrimOnOだが、現状の法制度のもとでは自由に走ることができない。rimOnOが分類される超小型モビリティは“原付き以上、軽自動車未満”の新たな乗り物の規格制定を目指して、国交省が実証実験を行っている。しかし、実証実験が始まった当初、参加していたトヨタ、日産、ホンダといったメーカーの中には実験縮小の動きを見せているところもあり、超小型モビリティ制度の制定は先行きの見通しがいいとは言えない状況だ。

そこで、伊藤さんはヨーロッパ諸国で導入されている「L6e」という規格を日本国内で展開することを提案したいという。規格としては超小型モビリティと似ているが、普通免許を必要としない点が異なる(原付免許は必要)。「L6e」ならば、たとえば高齢者に自動車の免許は返納をうながしつつ、速度の出ない小さな自動車だけは運転を許可することも可能だ。

現状の車両規格の抜けている部分を補うためにスタートした超小型モビリティ制度だが、より自由度の高い「L6e」に近づけることで、交通社会のフレキシビリティは高まる

とはいえ、制度の整備を待っていてはいつになったらrimOnOを走らせられるかわからないので、まずはミニカー(原付ミニカー)として世に出すことを予定している。現在、rimOnOはリアシートも含めてデザインされているが、まずは1人乗りの状態でも公道を走らせることが大切だと判断し、2017年の夏ごろを目処に補助金を除いて100万円程度の価格で市場投入することを考えているという。自治体と組んで超小型モビリティの実証実験として走らせる話も来ているが、“ここでしか走れない”という状態では意味がないという思いが伊藤さんの根底にある。前述の国交省が行っている実証実験も自治体にゆだねられているため地域が限定されてしまう。そのような状況下で走行しても、許可されている自治体から隣の非許可の地域に入ただだけで違法となってしまうのでは、rimOnOの目指す便利さは提供できない。「欧州でL6e規格が作られたり、日本で超小型モビリティの実験が始まったのは小型で利便性の高い乗り物を必要としている人たちがいるからです。rimOnOを発表してからは、『こういう乗り物を待っていた』という声をたくさんいただきました。そうしたユーザーの希望に制度が追いついていません。かといって、制度だけ作っても社会は変わらないことは経産省時代にイヤというほど経験しました。ユーザーの声を集めて制度だけでなく、社会全体を変える力にしたい。rimOnOがその媒体になってくれればと思っています」(伊藤さん)。

まとめ

乗り物単体としてユニークなだけでなく、これからの交通社会や街づくりに対しても多くの提案を含んでいるのがrimOnOが注目される理由。従来の交通行政はインフラ整備というと道路を作るばかりで、法規などソフトの部分にはあまり注力してこなかった。いっぽう欧米の先進国では、渋滞や公害などの問題を解消するために、都市部への自動車の乗り入れをCO2の排出量や乗車人数などで制限する施策を実施している。そして、街の中心部に排気量の大きな自動車が乗り入れられない時に活躍するのが、「L6e」に該当するコンパクトな電気自動車やバイクなどの乗り物たち。そして、こうしたミニマムな乗り物が普及することで、都市と乗り物の関係も変化してきている。コンパクトシティ化の流れも、そんな変化のひとつだ。日本でもこのような法整備が進めば、rimOnOのような個性的な乗り物が街中で見られるようになるだろう。そんな時代の到来を待ちわびている人は多いはずだ。


>> 超小型モビリティ「rimOnO(リモノ)」が切り拓くクルマ社会の未来とは? の元記事はこちら