遺伝子解析 x AIの威力で「病気になる前に病気を治す」

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超高齢社会に突入した今、医療費の高騰は避けて通れない問題。財政破綻から日本を救うにはーその鍵を握るのが「先制医療」だ。

ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーは2013年5月、がん予防のために乳腺除去の手術に踏み切った。乳がんが見つかったからではない。遺伝子検査の結果、乳がん感受性遺伝子である「BRCA1」に変異が見つかったからだ。この遺伝子に変異がある女性の80%は、将来乳がんを発症し、50%ぐらいが卵巣がんになるとの統計データがある。そこで、彼女はがんを発症する前に、”先制”して対応をとったのだ。

遺伝子解析が進化する今、注目されるのが「先制医療」だ。アンジェリーナ・ジョリーの手術は、まさに「先制医療」に他ならない。

では、先制医療と「予防」は、何が違うのか?

予防といえば、小学校などで行われる「風疹」「はしか」といった予防接種を思い浮かべるかもしれない。けれども、これは主に感染症を対象として集団で行う医療行為である。

これに対し、「先制医療」の予防対象は、集団から個人に移っている。日本医学会第29回総会で会頭を務めた井村裕夫氏(公益財団法人稲盛財団会長)は、こう説明する。

「先制医療とは、集団を対象とした標準的医療ではなく、個人を対象とした個別化医療を行うもので、とくに予防にフォーカスするのが特徴です」

飛躍的な医学の進歩により、遺伝子解析で様々な病気の発症につながる遺伝子の変異が明らかになってきた。また、多様な検査法が研究され、体の状態を客観的に測定し評価する各種指標(バイオマーカー)も相次いで開発されている。

遺伝+生活習慣で病気が決まる

かつては、脳出血を起こすまで、血圧が高いことに気づかなかった。今なら血圧というバイオマーカーを計測すれば、高血圧かどうかの判定が付くようになっている。今後は、遺伝子解析と、生まれてからの生活環境を調べることで、高血圧になりやすい人を予測できるようになる可能性もある。つまり、特定個人が将来かかりやすい病気を予測し、その病気の発症を防げるようになると期待される。これが先制医療の基本的な考え方だ。

例えば両親が肥満気味の場合、子どもも肥満になる確率が高く、小学校時代に太っていた子どもは、後に糖尿病になりやすいといったデータが集まっている。多くの病気は、遺伝的素因に胎生期から生後の環境が影響し、無症状のまま長い年月をかけて進行し、やがて発症する。現在は医学の進歩に伴い、こうした病気についての診断を、かなり前倒しで付けられるようになりつつある。したがって健康と病気の境目が、以前より曖昧になっている。

大切なのは、40歳以上の中年期になってから将来の健康を考えるのではなく、生まれた時から健康に注意すること。これはライフコース・ヘルスケアと呼ばれる、新しい概念だ。

健康長寿を実現する先制医療

個人の遺伝子情報を解析し、早い段階からバイオマーカーをチェックしていれば、将来発症しやすい病気をかなりの程度で予測できる。それなら、まったく症状のない段階から、将来を予測して医療的介入を行えば、発症を防げる可能性がある。こうした早期介入の多くは生活習慣の改善などであるため、わずかなコストで実現可能だ。井村氏は言う。「例えば腎臓病の場合、尿タンパクが見つかった段階では、すでに腎臓がかなり悪化しています。最終的に人工透析が必要となれば、年間でかなりのコストが必要となるでしょう。これを未然に防げるようになれば、社会的なメリットは大きい」

アルツハイマー型認知症に関しても、発症前に兆候を見つけられるようになってきた。まず「ApoE4」と呼ばれる遺伝子を持っている人は、持っていない人に比べて4〜5倍程度、アルツハイマー型認知症を発症しやすいことがわかっている。PET検査を行えば、アルツハイマー型認知症を引き起こす「アミロイドβタンパク」や「タウタンパク」が、脳内にできているかどうかがわかる。現時点でアルツハイマー型認知症を完治させる治療法は見つかっていない。けれども、一定の効果を期待できる薬は見つかっており、治験も始まっている。アルツハイマー型認知症も、早期介入により発症を抑えたり、遅らせたりできる可能性が出てきているのだ。