ホンダの長谷川祐介F1総責任者にとって、鈴鹿のパドックを歩くのは、あの決勝16万1000人という大興奮に包まれた2006年以来、10年ぶりのことだった――。昨年は「一観客として」グランドスタンドで見ていたが、今年はレースをする当事者としてこの地に帰ってきてみて、その感慨はひとしおだった。

「鈴鹿のことを聞かれると、当然ながら『一番大事なレースです』とお答えしてきましたけど、今日久しぶりにパドックを歩いてきて、その言葉では全然足りないくらい感慨深いものがありました。もちろん、成績とかパフォーマンスをもっとという気持ちはありますけど、『ここに帰ってきたんだな』という気持ちはすごく強かったですね」

 応援してくれる日本のファンの人たちに、すばらしいレースを見てもらいたい。長谷川は一貫してそう言い続けてきた。

「レースは結果がすべて」

 それが長谷川の口癖だ。

 日本GPを前に、マクラーレン・ホンダはシンガポールでもマレーシアでも3強チームに次ぐポジションを争い、着実にポイントを獲る力を見せてきた。だからこそ、地元鈴鹿でいいレースをしたいという思いは強く、その手応えも十分あった。

 だが、フタを開けてみれば、マクラーレン・ホンダは予想以上の苦戦を強いられることになってしまった。

 FP-1(フリー走行1回目)の開始早々にフェルナンド・アロンソがスプーンでスピンオフし、タイヤバリアにクラッシュしたことからもわかるように、MP4-31は鈴鹿で極端に不安定な挙動を見せた。セットアップ作業を進めても根本的な解決には至らず、予選ではQ3進出どころか、ジェンソン・バトンがQ1敗退。決勝でも全22台が完走するなかで16位・18位と、浮上のキッカケすら掴めないまま下位でレースを終えた。

「マレーシアGPの結果から考えても、もう少しいけるというふうに思っていました。Q3はさすがに難しいかなとは思っていましたが、まさかQ1で敗退するとは思っていませんでした。周りが速かったというよりも、ウチが遅かったということです。『振り向けばマノー』でしたからね......。とても(3強に次ぐ位置を)戦えるレベルではなかったです」

 決勝では、ルノーやザウバーの後塵すら拝した。予選結果を受けてパワーユニットを最新型スペック3.5に載せ換え、最後尾スタートを選んだバトンは、マノー勢をなかなか抜くことができずにタイムロスを強いられた。

 鈴鹿は、実は全開率が高く、パワーの有無がタイムを左右する。ホンダのパワー不足が足を引っ張ったことは事実だ。

「マシンとして一番の弱点はエンジンパワーだと考えていますから、(最高速不足の理由は)パワー不足だと考えていただいて構わないと思います。ただ、ここはサーキット全体としてスピードを乗せていくようなところなので、コーナーの出口でうまくスピードを乗せていけないと、スピードトラップの数字も伸びてきません。ですから、エンジンパワーだけでなく、ちゃんと踏めていなかったというのが大きかったと思います」

 あるチーム関係者によれば、MP4-31はコーナーの立ち上がりでトラクションが不足し、ドライバーがスロットルを踏もうにもタイヤが空転してしまい、踏めない状態だったという。つまり、非力と言われるホンダのパワーさえ使い切れていなかったのだ。

 マレーシアGPでマクラーレン・ホンダと6位争いを繰り広げたフォースインディアのタイヤ戦略を担う松崎淳エンジニアは、こう証言する。

「我々は最後のVSC(バーチャルセーフティカー)でタイヤを換えて、マクラーレンの2台を抜くつもりでした。しかし、アロンソまで抜くことはできなかった。世間で言われているほどホンダとウチの(メルセデスAMG製)パワーユニットの差は大きくありませんよ。むしろ、マクラーレンが遅いのをホンダのせいにしているだけなのではないかという気がします」

 フェラーリ製パワーユニットを使うハースのロマン・グロージャンも、「ホンダの進化がすごくて、ストレートでアロンソを抑えるのはとても難しかった」と語っている。

 鈴鹿はパワーだけでなく、コーナリング性能、それも中高速というもっともダウンフォースが必要とされるコーナーが多い。セクター1のすべてを占めるS字、そしてデグナーやスプーンなどだ。

「僕らのマシンには、高速コーナーでのダウンフォースが欠けていた」

 アロンソは、はっきりとそう言った。

 メディアに対して本音を話すことは滅多にないアロンソだが、チーム内では「空力もメカニカルもパワーユニットも、すべてが1カテゴリー下だ」と明確に指摘しているという。昨年の「GP2エンジン!」という発言ばかりが取り沙汰されるが、「GP2」なのはパワーユニットだけでなく、車体も含めて今のマクラーレンのすべてなのだ。

「ここはクルマの総合力が問われるサーキットですが、逆に言えばここで悪いということは、パッケージ全体としてクルマが悪いと言っているのと同じことなので、非常に残念です。

 たとえば、S字が圧倒的に悪かった。S字のようなところはどのサーキットにもあるわけですが、コース全体がそうなっているところはそんなにないんですね。鈴鹿はそういう連続したコーナーが多く、クルマの実力がはっきりと出てしまったんだと思います」(長谷川総責任者)

 マレーシアも同じようなコース特性だが、新舗装された路面のグリップの高さがマシンの実力不足を覆い隠していたのだろうと、チーム関係者は打ち明ける。しかし、マシンのありとあらゆる総合力が問われる鈴鹿では、マシンの実力が丸裸にされ、実力のなさが白日のもとにさらけ出されてしまったのだ。

 それでも、レースは結果がすべて――。突発的なアクシデントや奇抜な戦略でポジションを上げることができるなら、それもレースとしては喜ぶべきことだ。しかし、今年の日本GPはマクラーレン・ホンダにとって、そんなレースらしい場面がひとつもなかった。

 レース後、長谷川総責任者は見ていて気の毒なほどに落胆し、失望し、事態を重く受け止めていた。

「クルマのパフォーマンスもそうですし、戦略もハマらず、順位も中身も本当にいいところがひとつもないレースだったと思います。なにもかもがうまくいかなかった。多少クルマが遅くても、戦略がハマってSC(セーフティカー)のタイミングが有利に働いたりだとか、アクシデントで前に出れば、レースは結果がすべてなのでそれはそれでいいと思うんです。でも、今日はそういうことも何もありませんでした」

 鈴鹿に詰めかけてくれたファンの人たちに申し訳ないという気持ちが、長谷川にはあった。

「実力が足りてないというのはもちろんわかっていますし、実力がない悔しさはシーズンのかなり前から痛感し、受け止めています。でも、その実力なりに結果を出すとか、レースを盛り上げたいと思っていたのに、それもできなかった。そういう残念な気持ちです」

 厳しいレースを走り終えたアロンソを、担当レースエンジニアのマーク・テンプルが「このタフなレースでも最後まであきらめず戦い続けた君は、真のサムライだ」と讃えた。しかし、生粋のレース屋である長谷川の見方はもっと厳しかった。

「レースは結果がすべてですから、がんばれば許されるものではないと思っています。彼らドライバーたちも、車体も、パワーユニットも、全員がそうです。結果が出ていなければ、『努力はすばらしかった』ということを言っても意味がないと僕は思っています。だからチーム全体として、この結果を重く受け止めているんです。チーム全体がこういう(厳しい表情をした長谷川のような)雰囲気です」

 ここにきて改めて突きつけられた厳しい現実に、目の前が真っ暗になってもおかしくない。そんな状況に追い込まれたマクラーレン・ホンダは、ここからどう立ち直り、来年へとつなげていくのか。

「課題がこの時期に明らかになったのは、まだよかったかなと思います。このままでは終われません」

 究極の難関サーキット「鈴鹿」で直面した、深い落胆と失望......。しかし、それは絶望ではない。

 突きつけられた現実と真摯に向き合い、来年に向けてどう飛躍するか。それこそが、鈴鹿に詰めかけた大勢のファン、そしてマクラーレン・ホンダを応援しているさらに大勢のファンへの最大の恩返しとなるはずだ。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki