アルコールなどをはじめ、物質的な"何か"に依存して生きる人々の心の中には、どのような葛藤が起きているのか。

自身の「鎮痛剤依存」を誰にも言えずにいたある女性の体験談を、コスモポリタン アメリカ版から。夫にすら言えない苦しみを抱え続けた彼女の心中とは…?

まるで何事もないように私は振る舞い続け、でも実際のところ、心の中はボロボロでした。

「私は何年間も、ある秘密を抱えて生きてきました。それは、自分が母親でありながら、"薬物依存症"であるということ。

最近、私の書いた鎮痛剤や向精神薬依存者としての子育て奮闘記が<ワシントンポスト>に掲載されました。それまでは自分の姿をさらけ出すことが恐ろしくて仕方ありませんでした。周りから非難されたり、見下されたり、ひどい母親だとののしられるんじゃないかと、怖くてたまりませんでした。しかし、確かに少々のネットバッシングは受けたものの、掲載を読んだ方々の反響はむしろ驚くほど肯定的なものでした。

世界中の人たちが、メッセージを送ってくれました。同じような状況にある女性たちは、『ずっと1人ぼっちだと思っていたけれど、こうして話してくれて感謝している。このことが、依存症と闘う人たちの助けになって欲しい』と言ってくれました。そういった "カミングアウト"したことを称賛してくれる声がある中、1つ繰り返し聞かれた質問がありました。それは、『本当に誰も知らなかったの?』というもの。答えは、イエス。私は自分の薬物依存について、本当に誰にも言えませんでした。

友達にも、1つ屋根の下で暮らす自分の家族にも隠していました。毎日顔を合わせ、毎晩一緒に床につく夫でさえも、私が鎮痛剤なしには朝起きられないことを知りませんでした。ひと言で言うと、私は"社会順応型依存者"だったのです。

薬物依存者と言うと、たいてい人生がボロボロになってしまった人のことを想像するでしょう。廃れた生活をしていて、自分自身はおろか、他人の世話なんてできるわけがないと、多くの人が思うでしょう。こういった一般的なイメージが、誰も私を依存者だと疑わなかった理由でした。まるで何事もないように私は振る舞い続け、でも実際のところ、心の中はボロボロでした。

こんなに大きな、人生に関わる秘密を、どうして隠し続けることができたのか?

なぜなら、鎮痛剤は私をハイにはさせなかったからです。そんなのは思い過ごしだと言う人もいるかもしれませんが、いわゆる一般的な"薬物依存"の体験談と比べても、鎮痛剤によって私は眠くもならず、ふわふわもせず、気持ち悪くもなりませんでした。むしろただ、体調が良くなるだけでした。

私がもともと鎮痛剤を処方されたのは、子宮内膜症による痛みを抑えるためでした。薬は痛み止めとして重宝し、また(当時診断されてはいませんでしたが)産後うつと不安症もやわらげてくれました。惨めな思いをしていた私は、鎮痛剤を飲むと魔法にかかったように元気になり、日常生活を普通に送ることができたのです。まるで、私の脳が欲す栄養剤のようでした。

自分自身が依存者になるまでは、他の中毒者の心理が全然理解できませんでした。アルコールを飲めば酔っぱらってしまうわけで、もちろん楽しいし気分も良くなりますが、私の場合酔っぱらってしまったらまともに立ってもいられなくなります。

それに、鎮痛剤を毎日飲み続ける私は、いつも通りの私のままでした。ろれつが回らなくなることもなかったし、会話の途中で眠くなることもありませんでした。薬への欲求はコントロールできなくても、自分自身の体や行動はきちんとコントロールできていました。依存症治療を始めて離脱症状が現れる(よく中毒者に見られる状態)まで、人がよく"薬物依存者"というと想像する"ハイ"な状態に、私は一度もなったことがありませんでした。

私のように外からはごく普通の人に見える依存者は、きっと他にも数え切れないほどいるでしょう。私も仮面を被り続けていましたが、真の姿は薬物依存者だったのです。鎮痛剤なしには1日も生きられませんでした。飲まないと体調を崩すほどでした。そう、依存性について新たに知ったこと…それは、依存が"体のメンテナンスと化してしまう"ということです。私はただ"いつも通り"でいるために薬を飲み続けていました。何度も自力で辞めようとしましたが、一錠飲まないと体が震え出し、気分が悪くなり始め、心の不安が一気に爆発するようでした。だから、ハイになるためではなく、吐き気を抑えるために、また薬を飲み始めてしまうのでした。

依存症を隠していると、誰も助けの手を差し伸べてはくれません。自分から求めに行かなければならないのです。

人生で一番怖い思いをしたのは、この問題を夫に打ち明けたときでした。でも、私はようやく彼に助けを求めることができました。その後、母親に話し、兄弟に話し、友人に話し、インターネット上でも話しました。そして、皆が助けてくれました。でもそのための恐ろしい第一歩を、まず自ら踏み出さねばなりませんでした。もし、あなたが悩み苦しんでいるならば、どうか誰かに話してみてください。それは、もしかしたら人生で一番難しいことかもしれませんが、きっと人生で一番大切なことでもあるからです」

※この翻訳は、抄訳です。

Translated by 名和友梨香

COSMOPOLITAN US