2016年4月2日、鴻海がシャープの出資契約を締結。共同会見後の懇親会の一幕。シャープ高橋興三社長(左)、鴻海精密工業の郭台銘会長(右)。(画像=AFLO)

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経営が悪化し、国内電機大手で初めて海外企業に買収されたシャープ。「全員の雇用を維持したい」「(シャープ次期社長は)日本人に任せたい」という言葉で安心させたかと思えば、あっという間に翻す、鴻海・郭台銘とは何者か。

■「テリーはウソばかり」怒り心頭の株主

2016年6月23日、シャープの株主総会が大阪市内で開かれた。4月に台湾の鴻海精密工業(以下、ホンハイ)からの出資受け入れが決まって以来、初の総会である。

「なぜ、産業革新機構(という対抗馬)がいたのに、ホンハイに1000億円も減額されたうえ、液晶事業売却の条件までつけられたのか」

「テリー・ゴウ(郭台銘)さん、当初の条件が変わり、ウソばっかり言われてる。今後もうちょっと約束を守れないのか」

容赦のない怒号が飛ぶ。それも無理はない。当初は4890億円とされたホンハイ側の出資金額は、最終的に約1000億円減額された。今後、ホンハイ側の責任以外の理由で契約が成立しなかった場合、液晶部門のみを同社が優先的に買い取るという不利な条件まで付いている。加えて株主たちを困惑させているのが、ホンハイCEO、テリー・ゴウによるリストラ計画だ。4月時点では「なるべく全員に残ってもらいたい」と話したテリーだが、5月中旬にはついに7000人の人員削減が報じられるに至った。

「前に戴正呉(シャープの次期社長)から『人情を考慮しなくては』と相談されたことがある。だが、私はそう思わない。去るべき者は去らせよ」

シャープの総会前日、台湾で開かれたホンハイの株主総会でテリーはこんなことを言い放っている。ホンハイによる苛烈な支配を嫌った、優秀な人材の流出についても辛辣だ。

「ライバル社に移籍しても構うものか。腐ったタマゴを産むニワトリは、場所や飼い主を替えても決してよいタマゴを産まないのだ」

出資契約が成立した2016年4月、テリーはみずからの宝物である道教の黄色いマフラーを高橋社長に贈り、相互の信頼関係をアピールした。だが、「シャープに人情は不要」と言い切る現在の彼に、同社の経営陣を口説き落としたときの優しい笑顔はない。

――いずれがテリーの正体か。その答えはすでに明らかになりつつある。

ここで、ホンハイとテリーについて、軽くおさらいをしておこう。

テリーが同社を創業したのは1974年だ。最初は台湾の単なる町工場だったホンハイだが、88年に中国広東省に進出。やがて中国の改革開放政策を追い風に、パソコンや携帯電話などを製造するEMS(ハイテク製品の受託生産)業界の巨人となった。

ホンハイの拡大の要因は、中国の安価な人件費をフル活用したコスト競争力と、「軍隊式管理」と呼ばれる厳格な社風がもたらす生産速度だ。一般消費者向けの自社ブランドを持たない一方で、取引先にはアップルやデルのほか、インテル、ソニー、ソフトバンクなどそうそうたる企業名が並ぶ。

加えてM&Aを積極的に活用し、事業の規模と範囲を飛躍的に拡大してきた。2016年4月のシャープ買収後も、マイクロソフトのノキアブランドのフィーチャーフォン事業を3億5000万ドル買い取っている。

「私は松下幸之助氏や盛田昭夫氏を尊敬している」

日本人向けのリップサービスの場で、テリーはそんな言葉を口にする。だが、いまやホンハイの時価総額は日本円で約4.3兆円に達し、企業規模はソニー(約3.8兆円)やパナソニック(約2.3兆円)を軽く上回る。

浮き沈みの激しい電子製品業界で、30年以上も成長を続けるホンハイは奇跡の企業だ。その発展の源泉には、テリーの独裁的経営と、営業のプロである彼一流の「人たらし術」があった。

■口説き落とされても外様には壁がある

「テリーは自社に役立つ相手を口説くためには何でもする」

台湾の大手経済誌「今週刊」のベテラン記者はそう言うと、HP(ヒューレット・パッカード)の中国法人CEOやテキサス・インスツルメンツの高級幹部を経て、07年にホンハイに引き抜かれたテリー・チェン(程天、以下チェン)の話をしてくれた。

もとより、チェンは数十年前から台湾IT界のヒーローとして知られており、テリーはチェンに数十年越しの片思いを続けてきたという。

「ホンハイがまだ中小企業だった1985年、テリーは彼を自社の研修合宿に特別ゲストとして招き、下にも置かぬ待遇で意見に聞き入った。ホンハイの成長後も『恩師』であるチェンが会社を替わるたびに『次はうちに』とオファーを出し続けた」(前出ベテラン記者)

結果、ホンハイに加入したチェンは10年にFIH(Foxconn International Holdings)の副CEOに就任すると、わずか1年で7284億ドルの利益を叩き出し、低迷中の業績を急回復させた。これが評価され、12年1月にはFIHのCEOに上りつめている。

だが、その半年後、チェンは特に経営上の失策がないのに突然辞表を提出した。ホンハイ側は辞任の理由を「家族との時間を増やすため」と「健康上の問題」だと発表したが、真相はチェンがホンハイの社風に違和感を抱いたためだったようだ。

彼から直接、退職の理由を聞いた関係者と台北市内で会うことができた。

「社内では、テリーと家族同然の関係にある創業初期からの幹部が圧倒的に優遇されている。いくら高い業績を上げても、『外様』にすぎないチェンは居心地が悪かったようだ」

「加えて、ホンハイはガバナンスが希薄だ。独裁者のテリーの言葉で一切が決定されるからね。欧米系企業の秩序に慣れていたチェンには、馴染みづらい職場だったと聞いている」

チェン氏に取材を申し込むと「すでに引退した人間として、メディアに対して以前の雇用主の論評は行わない。いい点についても、悪い点についてもだ」と秘書を介して回答があった。

チェン氏以外にも、過去に様々な人材が高い報酬をエサにテリーから情熱的に口説かれて入社したが、長く働いた人は少ない。その一因は、ホンハイの社内に何重にも存在する「ウチとソト」の区別だ。台湾人か否か、創業メンバーか否か……。同社の上海支社で働く現地社員はこう証言している。

「台湾人社員と中国人社員との扱いの差は大きい。われわれ中国人ホワイトカラーは、台湾人が優遇される社風を嫌い、すぐに退職する。能力以外の部分で壁がある印象だ」

そんなホンハイの社風に、「外様」の最たるものであるシャープの社員たちが溶け込めるのか。心配は尽きない。

■シャープ買収と酷似台湾企業の結末

「09年の提携当時、テリーさんはうちの会社(奇美電子)に非常に敬意を払ってくれました。しかし、彼は技術を見ていただけで、私たちの社風を見ていたのではなかったと思うのです」

台南市の奇美博物館で取材に応えたのは、奇美(チーメイ)実業の創業者・許文龍(シュー・ウェンロン)氏だ。日本統治時代の1928年生まれ。流暢な日本語を操る台湾屈指の実業家だ。

終身雇用制と充実した福利厚生で有名な奇美グループは、かつて完全週休2日制や残業禁止をいちはやく導入し「台湾で最も幸福な会社」と称された。

「日本の影響かもしれません。うちは会社全体が一つの大家庭。利益だけを追求しないんです。技術は大事ですが、社員には仕事のなかでも人間味を失わないでほしい」

そんな奇美グループの傘下には、かつて奇美電子という会社があった。

09年、当時世界4位の液晶パネルメーカーだった奇美電子に、テリーがホンハイ傘下の群創光電(イノラックス)との対等合併を提案。株式保有比率は奇美側が17%、ホンハイ側が11%とされ、存続社名も奇美電子(チーメイ・イノラックス)となるなど、奇美側に対するテリーの配慮を反映した契約内容となった。だが、もとより同床異夢の「結婚」である。

許氏は、経営の第一線に立っていた頃から「仕事は5時間まで」という哲学の持ち主で、バイオリンや釣りを好む風流人だ。一方でテリーは「仕事が趣味」と公言してはばからないワーカホリックである。そんな両者の提携は、当時の奇美電子の技術を欲しがったテリーが、人たらしの才能を最大限に発揮したためだった。

「一緒に釣りに行く約束もしました。しかし、うちに敬意を払ってくれたのは最初だけで、釣りにも行かずじまいでしたね。テリーさんは物凄い方ですが、落ち着いて釣りができるようなタイプじゃないんですよ」

当初は「世紀の大合併」と騒がれた提携だったが、矛盾は一瞬で噴出した。合併後、奇美側とホンハイ側の経営陣・従業員の内紛が続き、会社は11四半期連続で赤字を計上したのだ。

「企業文化が違いすぎたのです。1プラス1で3になると思っていたら、合計で1.8にしかならなかった」

「われわれはいったん会社に入れた社員は、『使えない』からって干したりはしない。ところがホンハイは、人の出入りが非常に頻繁です。給料が高ければ入り、安ければ逃げるという感じですから。体質が合わなかった」(ともに許氏)

結局、12年6月に奇美側は自社の役員を全員引き揚げ、経営の実権をホンハイ側に譲り渡す。同年末、テリーは同社の社名を「群創光電」に再変更し、完全に奇美電子を乗っ取るような形になった。同社に近い筋の話では、従来の社員の多くがホンハイの支配を嫌って会社を去ったという。

ただし、会社はホンハイの厳格な管理下に置かれたことで復活を遂げ、13年に黒字化する。大量の人材が去り、「台湾で最も幸福な会社」の人情味が失われた結果、カネを稼ぐ機能だけは回復したのだ。

――奇美電子の変貌は、現在進行中のシャープの変化の雛型にも見える。

「今回の件は買収ではなく投資だ。両社はこの提携を通して、お互いの強みを活用して業務を進めていきたい」

「ホンハイとシャープの両社の(企業文化に)違いがあるのは、まさに私たちにとっての資産だ」

2016年4月、シャープへの出資契約に調印したテリーはそう嘯き、「対等」な関係を強調した。テリーの熱中度は、台湾メディアが「鴻夏恋」(シャープへの恋)と書き立てるほどで、往年の奇美電子への熱意を大きく上回る。

「……ちょっと(自社のケースと)似ていますねえ」

シャープ買収劇への感想を尋ねると、許氏は一言だけそうつぶやいた。

■シャープには従来の手法は通用しない

「奇美電子の例と比較しても、シャープへの買収はかなり強引になされた印象です」

そう分析するのは、2016年3月に著書『覇者・鴻海の経営と戦略』を発表した熊本学園大学の喬晋建教授だ。今後のホンハイによるシャープの舵取りは、相当な不安含みであると話す。

「過去、ホンハイの先進国における大規模なM&Aは、03年のフィンランドのイーモの買収のみ。しかし、労務管理の難しさに手を焼いて間もなく売却し、その後のテリー氏は欧州などの先進国ではM&Aを控えるようになりました」

喬教授は、従来のテリーの成功体験について、中国の安価な労働力や現地の共産党政府との結びつきといった、「途上国モデル」に支えられてきた側面も大きいと指摘する。

「日本でこうしたモデルは通用しません。人件費は高く、政府の支援もない。しかも従来の受託加工ではなく、シャープのブランドを用いたBtoCのビジネスに一から参入する。テリー氏自身、成功を確信できていないでしょう」

2016年6月18日、モニター調査で日本の消費者の3割がシャープ製品を「買わない」と答えたと報じられた。テリーの強引な姿勢と、買収決定後に見せた冷淡さが、日本での消費者イメージを悪化させているのは明らかだ。

「テリー氏は天才かもしれません。今回のシャープ買収も、偉大な皇帝が大きな領土を切り取ったように思っているかもしれない。しかし、過去には無謀な遠征に敗れて、帝国を失ったナポレオンの例もあります。今回のシャープ買収がテリー氏にとっての『モスクワ遠征』にならないといいのですが」

ホンハイによるシャープへの出資は、10月5日までには完了する予定だ。出資完了後、シャープ社長にはテリーの右腕の戴正呉が就任、取締役の3分の2はホンハイの指名となる。まだ波乱の予兆にすぎない。(文中敬称略)

*今回の取材で知りえた内容に関して、郭台銘氏に事実確認を申し込んだところ、フォックスコンより英文での返事が届いたので、翻訳したものを掲載する。なお、郭台銘氏への取材を申し込んだが、現段階では応じていない。

Foxconn Technology グループから申し上げること

2016年7月1日

弊社の方針により、噂や臆測に関して、コメントはいたしません。さらに、Foxconnは厳格な会社の方針として、社員・人事の詳細について、それが現在の社員であろうと退職した社員であろうと、第三者に開示することはいたしません。

しかしながら、以下のことは強調させていただきます。それは、わがグループの業務遂行において、我々は人間中心のアプローチを採用しており、また、グローバルにビジネスをするうえで、公平、平等、誠実さの原則を順守することにコミットしております。Foxconnは責任のある、フェアで、平等な機会を提示する雇用主であり、さらに実力主義の昇進と報酬体系を採用しており、従業員の成長を支援するべく前向きな労働環境を採用しております。

責任のある企業主体として、企業統治において、Foxconnは法令や規制を順守しております。企業統治に関して、我々は自らに高い水準を課し、この点に関して株主の期待に応え続けるべく、制度やベストプラクティスを実施している次第です。我々の堅固で高度に専門的な経営陣は、力を合わせて、こうした企業の方針を成長させ実行し、強い統治を確保し、ビジネスを俯瞰することで、弊社の持続可能な成長と継続的な成功を確保する次第です。

我々の従業員は我々の最も重要な資産であり、また、それが現在の従業員であれ過去の従業員であれ、弊社の成功に向けてなされた彼らの貢献を貴重だと考えている次第です。

(ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師 安田 峰俊 熊谷武二、安田峰俊=撮影 AFLO=画像 内田暁=協力)