目のトラブルと戦い続けた名プレーヤー・井端弘和伝説

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 10月10日は「目の愛護デー」。「10・10」を横にすると人の顔の目と眉に見えるからだ。1931(昭和6)年に失明を予防する運動として「視力保存デー」が定められたことに端を発する、歴史ある記念日だ。

 今季、セ・リーグを制した広島の立役者のひとり・松山竜平は、春先から突然、度入りメガネを着用したことが話題となった。昨季より1割5分以上打率が上がったのも、視界が開けたこととは無関係ではないだろう。

 松山のようにメガネを着用したり、レーシック手術を受けたりすることで視力が回復できるのであればいいが、目の病気に悩まされた野球選手も過去にいた。現・巨人の井端弘和1軍内野守備走塁コーチの中日時代の出来事だ。

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■間違いだった「井端レーシック失敗」説

 「井端の目」といえば、「レーシックに失敗してから成績が落ちた」といった言説をよく耳にする。試しに井端の名前で検索すると、その手の話題を取り上げたサイトに事欠かない。

 だが、この噂は誤りだ。正しくは、2000年にレーシック手術は受けているがそれ自体は成功。だが、2009年から別な目の病気を患い、成績を落とすどころか、選手生命の危機にさらされていたのだ。このことは井端自身が自著『勝負強さ』で以下のように明記している。

《僕が目の病気で苦しんでいたとき、その手術が原因なのだと取材もせずに報じるメディアもあったが、レーシック手術とは関係はなかった》

 では、何が問題だったのか? それは「上皮角膜ヘルペス」というウイルス性の目の炎症だった。2009年1月、グアムでの自主トレで雑菌を目にもらってしまい、日本に帰国した際には目が開けられないくらいに腫れ上がり、激痛に襲われたという。

■一度は引退も決意

 この2009年シーズンはなんとかごまかしながらプレーし、全試合に出場した井端。ところが、翌2010年には症状がさらに悪化。わずか53試合の出場に終わってしまう。目の前が霧がかったようになり、打つ方でも守る方でも満足なプレーができなくなったのだ。

 当時の様子を、井端を支えた明子夫人が週刊誌のインタビューで次のように答えている。

《家にいてもテレビも見られず、ただ痛みをこらえていたという感じで、いちばんつらかった時期です。そのシーズンに、主人は引退を考えました。(中略)『いますぐやめたい。明日チームに報告して球団に言う』って。最後は『治る手はないか私が全部調べるから、それでもダメなら』と2人で納得したんです》(『女性自身』より)

 この角膜ヘルペスという病気は、いまだに明確な治療法が確立されておらず、薬で進行を食い止めるしか手立てがないという。

 それでも、一度は引退も決意したからこその開き直りで1軍復帰を果たした井端。2011年は打撃面でプロ入り後最低の成績に終わり、9月には目の治療で使用していた薬がアンチ・ドーピング規則に違反するとして処分を受ける不運もあった(※のちに球団の申請ミスとして井端自身への処分は軽減された)。

 それでも、3年間ほど回復と再発を繰り返しながら薬を投薬し続け、少しずつ、少しずつ改善の方向へ。2012年は3年ぶりにゴールデングラブ賞も受賞。そしてオフに侍ジャパンに選出され、WBC2013での大活躍へとつなげたのだ。

■現状を受け止め、目を逸らさない

 実は井端、角膜ヘルペス以前にも、両目とも網膜剥離になって手術を経験、という悲劇を経験していた。

 まずは堀越高校入学直後の4月。ノックを受けていた際にイレギュラーした球が左目に当たり、その衝撃で網膜剥離を起こした。この時点で「もう野球はできない」と医師から宣告された井端だったが、手術でこれを乗り越え、高校野球を完全燃焼した。

 だが、亜細亜大学2年春のリーグ戦中、味方投手の投球練習の球がすっぽ抜けてしまい、ベンチにいた井端の右目を直撃。またも網膜剥離を起こしてしまう。他競技に比べて網膜剥離になりやすいとされるボクサーでもなかなかない、二度目の網膜剥離手術となった。

 もっとも、井端はこの不運を《これまでなんとなく左右の視力の違いに違和感があったが、両目の網膜剥離を起こしたことで視力のバランスもよくなった(笑)。まさに怪我の功名である》(『勝負強さ』より)と、プラス思考で乗り越えてしまったのだ。

 これほど目のトラブルを抱えながら、一流プレーヤーへと登りつめた例は稀有だろう。むしろ、目のトラブル・病気がなければ、どれほどの成績を残したのか? と気になってしまう。井端自身も、「いい目で野球をやりたい」と常に考えつつ、最終的にはこんな思考法に辿り着いたという。

《目の怪我がなければ、プロになっていなかったかもしれなかった。そう考えると、今が最良なのかもしれない。それも、これも運命だろう。(中略)現状を受け止め、目を逸らさない。そこには必ず新しい運命が開ける》(『勝負強さ』より)

 さて、コーチ1年目のペナントレースを終えた井端の目には、今の巨人というチームはどのように映っているのだろうか? 現状から目を逸らさず、どのような運命を切り開くのか、注目していきたい。

文=オグマナオト

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