『小泉武夫のミラクル食文化論』小泉 武夫(著) 亜紀書房

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■鯉と飯を40年かけて発酵させた熟鮨

われわれは食べないと生きていけない。そして食べ物として世の中に出回っているものは、空腹でさえあればたいていおいしい。たとえばくさやのようにひどい悪臭を放つものであっても、いややたらと臭いものほど、よくよく味わえば心震える美味を発し、そして体にとびきりの滋養をもたらす。うまいものは体にいいということなのか、あるいは体にいいものをうまいと感じるように研ぎ澄まされてきたのが、われわれの味覚なのか?

などと考えさせられた読後、たぶん遠くに行きたい気分がムクムクと膨らむはず。なにしろこの本には、世界中の「思い切って食べたらきっとうまいに違いない食べ物」が、随所に出てくる。

たとえば、著者が中国・雲南省で食べたという鯉の熟鮨(なれずし)。なんと40年前に仕込んだものだというから驚く。乳酸菌が腐敗を防ぐのだというが、それにしたって40年前の鯉と飯を食べるというのはどんな気分なのだろう。

「(現地では)長男が生まれると鯉を村人からいっぱい買って熟鮨を仕込むんです。そして結婚したとか、子どもが生まれたとか、成人したとか、遠くからお客さんが来たとか、自分の人生の晴れ舞台にこの熟鮨を食べるのです」

国内勢では青森のアケビの熟鮨が印象深い。山ブドウの搾り汁にご飯を入れ、アケビの皮に詰める。そのまま二ヶ月ばかり発酵させると、「アケビの皮のところがシコシコして、ご飯のところはネチャネチャして甘酸っぱい」熟鮨が出来上がる。成分を分析したら、すべてのビタミンが入っていたという。この「雪深い冬を乗り切るための知恵」が形を結ぶまでの試行錯誤と費やした年月を思うと、気が遠くなる。

■人類は虫を食べて命をつないできた

ふ化寸前の(つまり生まれる前のヒヨコが入った)鶏卵を蒸した毛蛋(マオタン)など、ほかにもチャレンジ心がうずく珍品が目白押し。カンボジアでクモやコオロギ、ゲンゴロウなどを食べたというくだりなど、あるいはうーむと宙を仰ぐかもしれないが、そこは想像力を働かせるべきだろう。たとえば丸一日の絶食を経た眼前に、ビールとカラリ揚げたてのゲンゴロウが出てきたら食わずにいられるだろうか、と。醤油をちょっと垂らした様など思い描いたら、あっさり生唾がわいてきたりして。

じっさい人類の食の歴史にあって、虫の存在はきわめて大きい。400万年前の糞石(ウンコの化石)から豊富に見つかったのはアリにコオロギ、イナゴやバッタ、ときにはゴキブリ。樹上生活に見切りをつけたばかりの「新参者」が地上で生き残るためには贅沢を言っていられなかったに違いないが、実はこれが正解だった。なぜなら虫の体の約40%はタンパク質であり、牛肉(同18%)などよりよほど効率のいいタンパク源だからだ。おまけにビタミンも豊富だというから、もしかすると今に至る人類の繁栄はおとなしく食べられてくれた虫たちのおかげかもしれない。

醸造学、発酵学の第一人者で「食の冒険家」としても名高い小泉武夫氏が、東京農業大学で行った最後の講義を再構成した本。人類が培ってきた食をめぐる知と技術がいかに分厚い文化であるかを(そして今、それが直面している危機についても)説く。文字通り学生に語りかけるような調子だから、親しみやすくわかりやすい。何より話の中身がおもしろいから退屈しない。こんな講義を受けられた学生たちの、なんと幸福であることか。

ウン十年前の学生たちにも、最後に小さな幸せを届けよう。

「たとえばみなさん、スーパーに行ってイチゴでもリンゴでも買ってきて、すり潰して置いていたらお酒になります。空気中には酵母がいっぱいありますから。ただ、これは密造酒を作ることになりますから、実際にやってはいけません」……。

(ライター 手代木建=文)