■連載・佐藤信夫コーチの「教え、教えられ」(3)

 日本フィギュアスケート界の重鎮であり、選手時代から指導者になった今でも、フィギュアスケートの発展に尽力している佐藤信夫氏。コーチ歴50年。74歳になった現在も、毎日リンクに立ち、浅田真央らトップ選手から幅広い年齢の愛好者まで、フィギュアスケートを教え続けている。

 その佐藤コーチはフィギュアスケートに、「本来あるべき基本がある」と言う。


 フィギュアスケートの「スケーティング」の概念をお話しすることは非常に難しいものがあります。僕は僕のやり方で「スケーティング」というものを理解して、指導者としてそれを教えている。もちろん私のスケーティング指導がすべて正しいということではないのですが、それでも私にとってのすばらしい「スケーティング」というものはあります。

 以前、スケートを教わる時期は若ければ若いほどいいという話をしました。それは人間が持つ身体的な仕組みでもあるから、大人になってから習ってもなかなか身につかないことがあるのは仕方がないのです。大人になってから一輪車に乗れるようになるのは大変なことだけど、小学校の低学年の子どもたちはいとも簡単に乗れてしまう。それは、重心があっちへ行ったりこっちへ行ったりしても、子どもはそれを自然に体で吸収して、「こうなった時にはこっちに体重を預ければいいんだ」ということをすぐに覚えてしまうためです。

 スケートも同じです。大人は言葉と頭で解決しようとします。だから大人には「こういうことをしたら転びますよ」「スケートは体重で氷を押して進むことだから、大きな力を使わないで静かに移動すればだんだんうまく滑れるようになりますよ」という説明をします。でも子どもにはあれこれと難しいことは言いません。小さい子を教えるときには、あまり型にはめないで、ある程度安全かなと思うところまできたら、できるだけいろいろな遊びをさせるのが賢明かなと思っています。

 たとえば、1枚の画用紙に子どもがいたずら書きをします。その子が画用紙の白い部分が見えなくなるまでいたずら描きをしたら、それはすばらしいことなんです。その画用紙をアイスリンクに置き換えてみてください。氷上での遊びを通じて多種多様な動きを体で覚えさせたいわけです。夢中になって遊ぶことによって、一番自然な体重移動ができるようになるのです。

 氷上を滑っている途中、体重をグーッと右にかけたり、左に持っていったりすることによって、こっちへ行ったりあっちへ行ったりするわけじゃないですか。ありとあらゆる方向に行くことを自然と覚えていけば、何だってできる。そして慣れていきます。こう滑りたいという気持ちさえあれば、自然と答えが出てくるものなのです。だから子どもたちには「いろいろな動きをしなさい」と言います。どこまでも単純に「あそこへこういうふうに行きたいんだ」という欲を大切に持ってもらいたいです。

 そして、僕がスケーティングを教える中で、言葉にして厳しく言う基本の姿勢は、「まず、体をなるべくまっすぐにしたほうがいいよ」ということです。スケーティングというのは「1本のエッジに乗ってスーッと弧を描くこと」ですが、姿勢が良ければ次の動作(ターンなど)に無理なく移れるからです。もちろん、転倒時に頭部を守るために前傾気味になる初心者が、最初から体をまっすぐにして立つことはできないかもしれませんが、まっすぐな姿勢を作るという意識を持つことが必要なのです。

 まっすぐ立っている姿勢と前傾で立っている姿勢とでは、全然重心点の位置が違います。だからスケートにかかってくる角度の問題だとか、いろいろなものがみんな微妙に違ってしまうわけです。体をまっすぐにして、片足で立つことがどういうことなのか。右足、左足と交互に立って、こんな感じだ、あんな感じだとやっているうちに前方に滑り出し、その次は大きなカーブが生まれ、どこかのタイミングでターンが始まり、そしてチェンジエッジが始まるといった具合です。

※連載(2)を参照>>

 そういう大雑把ながら基本的なことを、順番に体に植え付けていくという作業はものすごく大切です。「だって、こうやったほうがやりやすいんだもん」と言う子どもに対して、「それは駄目だよ」と言わなければならない場面も出てきます。なぜかというと、そういうことをしたら次の動作につながらないからです。自由にいろいろな動きを覚えさせながらも、やはり基本をしっかりと教え込み、自分の思い通りの滑りが自然とできるように導いてあげる。癖がついてしまうと、ややこしい部分がだんだん出てくるからです。

 フィギュアスケートの「スケーティング」には、基本中の基本とも言える動作があります。それがコンパルソリーです。

 コンパルソリーとは、フィギュアスケートの語源でもある図形(=フィギュア)を描く規定種目のことで、スケート技術の基礎として昔も今も非常に重要な要素だと言えます。

 コンパルソリーでサークルを描くときは、弧の上に置いた片足(スケーティングレッグ)に重心を置きながら、もう片方の足であるフリーレッグ(氷に付いていない足)と両腕でバランスを取りながら、回転運動をしようとする体を押さえるようにします。そうしなければ渦巻きを描いて終わってしまうからです。体の角度を一定にし、そしてエッジの倒れ方をある程度一定にしてあげると、ほぼ正円の形が描けます。

 それでも厳密に言えば、どんなにいい氷でも摩擦抵抗がありますから、途中でスピードは落ちてきます。そうすると、やはりわずかだけどズレてきます。フィギュアスケートの基本的な動きであるサークルエイト(八の字を描く)を行なうとき、スタートとゴールは一緒でなければいけないので、そのためにはエッジの傾きを少しずつ起こしながらそのズレを調整して正円を描かなければならないのです。

 もしゴール地点がスタート地点と違えば、規定競技(コンパルソリー)の場合は高い得点をもらうことはできません。ひと口に「氷上に正確なサークルを描けるようになる」と言っても、昔、行なわれていたコンパルソリーフィギュアでは、1日に5〜6時間の練習を10年、15年と続けてやって初めて一人前になったものです。

 現在のフィギュアスケート界では、「そんなことやってられるか」ということで競技会からコンパルソリーはなくなってしまいましたが(笑)、正確なエッジに安定して乗れる技術を習得して「スケーティング」を極めるということは、それほど難しいものなのです。現行のルール上ではフリースケーティングの中で行なうターンなどは、昔のようなコンパルソリーとまったく同じものではないけれども、その流れを組む動きの一種であると言えるではないでしょうか。

「スケーティング」の基本的な動きをきちっと身につけるということは、技術をきちんと覚えるということです。だからこそ、しっかりと教えるという作業がそこには必要になってくるのです。たとえば「じゃあここでチェンジエッジをしましょう」というときでも、足首の力だけでやったらトレースがキュッキュッと直線的になってしまいます。だから、「フリーレッグのスイングを使ったり、ひざのアップダウンを利用したり、体の回転運動を増やしたり減らしたり、いろいろなことをしながら、円から外れないようにスーッと回っていくんだ」と、全身を使ってやるように指導するわけです。

 まったく関係ないと思える指を怪我しただけでも影響を受けるほど、スケーティングの技術は繊細な全身運動なんです。それほど微妙で研ぎすまされた感覚と技術がなければ、本来あるべきスケーティングはできないわけです。この場で「こうやったらできますよ」とお話しできるほど、簡単なものではありません。

辛仁夏●構成 text by Synn Yinha