NBAのトレーニングキャンプ開始を数日後に控えた9月23日、ケビン・ガーネットが1本の動画をインスタグラムに投稿した。

 出だしは真っ暗な画面で、ケビン・ガーネットの「ただ、ただ感謝の気持ちだ」という声が聞こえる。間もなくフードをかぶった私服姿のガーネットが、ひとりで誰もいないターゲット・センター(ミネソタ・ティンバーウルブズの本拠地)のコートを訪れる様子が映される。ゴール下でリングを見上げ、ゆっくりとコートを後にする。

「みんなに、みんなの愛情に感謝している。みんなが自分のことをこんなに愛してくれるとは思ってもいなかった。それが現実になったことは、特別なことだった。

 俺たちは大丈夫だ。簡単だとは思わないが、今のところうまくいっている。この先を楽しみにしていてくれ」

 映像は、ユニフォームを着たガーネットの後ろ姿に変わり、『Farewell(さようなら)』、そして『Thank you for the journey(旅に付き合ってくれてありがとう)』の文字──。

 これが、ガーネットの引退声明だった。記者会見もなく、取材を受けることもなく、インスタグラムに投稿された短い動画のなかでも、一度も『引退』という言葉を使うことなく、現役引退を発表した。

 本人が語らないので想像するしかないのだが、ガーネットの最後はほろ苦いものだったのではないだろうか。NBAで21年というキャリアは、長さも、その中身も十分にすばらしいものだった。

 1995年、20年ぶりに高校卒業と同時にNBA入りした選手となり、その後、多くの高卒選手たちがNBAを目指すきっかけを作った。長身ながら、ゴール下よりも外でプレーするタイプの選手の先駆けでもあった。1回ではあるが、NBA優勝も成し遂げ、リーグMVPに選ばれたこともあった。

 それだけの実績がありながら、現役の終わりがほろ苦いのは、一度は修復できたかのように見えたミネソタ・ティンバーウルブズとのつながりが、ふたたび絡み合い、切れてしまったかのようにも見えるからだ。

 人一倍、忠誠心が強いガーネットは、1995年にドラフト指名されて以来所属していたティンバーウルブズでキャリアを終えたいと思っていた。しかし、2007年にオーナーのグレン・テイラーから高額の契約延長を拒否され、その結果としてボストン・セルティックスに移籍することになり、そのことに傷つき、裏切られたような気持ちになっていた。

 その両者の関係を修復し、ガーネットにふたたびティンバーウルブズに戻るように説得し、2015年2月にガーネット獲得のトレードをまとめたのが、当時ティンバーウルブズのバスケットボール部門運営責任者兼ヘッドコーチで、ガーネットにとって信頼できる友人でもあったフリップ・サンダースだった。

 サンダースは、ガーネットに現役引退するまでチームの若手を助け、チームを率いるリーダーとしての役割を期待し、同時に将来的には、ともにティンバーウルブズを買収するグループを作り、チームの経営陣に入るという構想を提案していた。だから、このころからガーネットも、ティンバーウルブズのオーナーになるという目標を口にするようになっていた。

 去年、ガーネットは言っていた。

「どこかのタイミングで、オーナーとしての仕事を理解して、(グループに)加わりたいと思っている。そして、この街に優勝をもたらしたい。それがウルフ(ティンバーウルブズの一員)となって以来、ずっと自分の目標だった」と。

 しかし、昨シーズンの開幕直前、それを一転させる悲しい出来事があった。サンダースがホジキン・リンパ腫によって亡くなったのだ。同時に、オーナー構想も立ち消えとなってしまった。

 今年の夏にティンバーウルブズは、サンダースが集めたスタッフの大半と契約を打ち切り、新たに運営責任者兼ヘッドコーチとしてトム・シボドーと契約した。居場所がなくなったガーネットは、引退することを選んだ。周りからは、ガーネットにあと1年現役を続けることを勧める声もあった。セルティックスでともに優勝を果たしたドク・リバース(現ロサンゼルス・クリッパーズ・ヘッドコーチ)は、「ケビンがプレーしたいなら受け入れる」と明言してもいた。しかし、ガーネットは引退を選んだ。

 昨シーズンを最後に引退したスーパースターの仲間に、コービー・ブライアントとティム・ダンカンがいる。ガーネットにとっては、どちらもプレーオフで激しい戦いを繰り広げた因縁のライバルでもある。

 彼らがふたりとも、ひとつのチームで長いキャリアを全うし、引退後もチームと深い結びつきを持っているのに対し、ガーネットはティンバーウルブズと微妙な関係のままコートを去った。

 そういったいきさつを考えると、ガーネットの動画の最後、「俺たちは大丈夫だ。簡単だとは思わないが、今のところうまくいっている。この先を楽しみにしていてくれ」という言葉も意味深に思える。『俺たち』とは、ガーネットと誰のことなのだろうか? ティンバーウルブズ? それとも彼の家族?

 ガーネットが将来的に、NBAチームのオーナーになる可能性が消えたわけではない。マイケル・ジョーダンが、シカゴ・ブルズではなく、シャーロット・ホーネッツのオーナーになったように、他のチームのオーナーになるかもしれない。あるいは、今はチームを売却するつもりがないと言っているグレン・テイラーの事情や心境が変わることもあるかもしれない。どちらにしても、パートナーだったサンダースを失ったガーネットにとって、それは少し先のことになりそうだ。

 皮肉なことに、今年引退したことで、ガーネットはブライアントやダンカンとともにバスケットボール殿堂入りをすることになる。自分より多く優勝し、何よりも自分が得られなかったチームとの信頼関係を持ち続けているふたりと並んでの殿堂入り。殿堂入りセレモニーで自分が中心となれるようにするためにも引退を1年遅らせたほうがいいと、ガーネットにアドバイスした人もいたらしい。

 ガーネットの妻の兄である音楽プロデューサーのジミー・ジャムは、そのことについて『ESPN』のウェブサイト『The Undefeated』のインタビューでこう言っている。

「彼(ガーネット)はあまりスポットライトが好きではないんだ。思うに、むしろ友人たち(ブライアントとダンカン)と一緒に殿堂入りできることのほうが、彼にとっては満足できることなのではないだろうか。彼らとは熾烈な戦いをし、それによってNBAをまったく新しい時代へと導いたわけだからね」

 3人が揃って殿堂入りするのは、2021年秋――。かつてのライバルたちが揃ったステージが、今から楽しみだ。

宮地陽子●取材・文 text by Miyaji Yoko