「胡蝶蘭だーっ!」(※イメージ)

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 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「お世辞」。

*  *  *
 たまにご縁のあった役者さんやミュージシャンの方からお芝居やライブへご招待していただくことがある。

 しかしながら、終演後に楽屋へのご挨拶がどうも気が重い。手銭で買ったチケットならスーッと何食わぬ顔で帰るのだが、ご招待していただいたからさすがにそれは失礼だろう。ドキドキしながら楽屋へ向かうのだ。

 とにかく、見た感想を伝えるのが苦手。かといって、何も言わないのは愛想がないし。例えば、その芝居がよかった場合。

「サイコーでしたっ!」

 と素直に感激を表せばよいのだろうが、考え過ぎてしまう。

「通り一遍なのも、先方は物足りないんじゃないか……?」→「ここがよかった、とか言うべきかな……」→「そもそも俺はこの舞台を本当に理解しているのか……」→「急いでるフリして黙って帰ろうかな……」→「……そもそも先方は俺を認識してるのか。社交辞令で誘ってみたらノコノコ来た木っ端芸人など、とうに記憶にないのでは……」→「ああ、来なきゃよかったかも……」→「ひょっとして俺は自分のお客さんにもこんな思いをさせているんじゃないか」→「なんて傲慢(ごうまん)なんだ……俺という奴は!」→「もう噺家やめようかな……」
 
完全に病んでいる。

 結局、伏し目がちに、

「あのー……よかったです」

 などとつぶやいて、逃げるように楽屋をあとにする。頭皮は汗だく。すごくくたびれる。

 だから、出来の悪いものを見た後などはなおさらだ。

「いい天気ですね」

 くらい言っとけばいいのに、意を決して伝えることが、

「あー、わー、すごい! 差し入れがたくさん!」

「胡蝶蘭だーっ!」

 などと、とりあえず目に入ったものを口にしてるだけだったり。情けない。腹にないお世辞の一つも言えればいいのに。

 有名人は面会待ちの列が長い。あるお芝居の面会を待ってる間に聞こえてきた女性二人の会話。

「イマイチじゃなかった?」

「ていうか、ストーリーが意味不明……」

 などと曇った顔でダメ出ししてたのに、順番が回ってくると、

「超絶ヤバかったですっ!」

 と二人で手足をばたつかせていた。なんだ、そりゃ。そんなバカ女のお世辞に喜んで、

「打ち上げおいでよー」

 なんてニヤついているあんたもあんただよっ。そんなんだから、芝居もつまらないんだよ。あんなもんで6千円もとりやがって! いや、俺は招待だけどさっ!……と、喉元まで出たそんな言葉をのみ込んで、

「ありがとうございました」

 とだけささやいて帰ってきた。

 帰り道、ぼんやり考えた。

「……私の独演会で褒めて帰っていく人も信用出来ないのか」

 そういえば入門したての頃、師匠や先輩に言われた。

「褒めてくる人の話は話半分に聞いておけ」「過剰な褒め言葉はワナだと思え」等々。
 結果、歪んだ人間が出来上がってしまった。褒めるのは苦手だが、褒められるのもうがってしまう。持ち上げるのも、上げられるのも決まりが悪い。

 終演後の挨拶は、

「今日はいい天気でよかったね」

「ええ、お互いに」

「じゃ、また!」

 くらいでちょうどいいや。

週刊朝日  2016年10月14日号