『偶然短歌』(いなにわ、せきしろ/飛鳥新社)

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 インターネット上のフリー百科事典、ウィキペディア。インターネットをしている人であれば、お世話になったことは一度や二度ではないだろう。日常生活で分からないことやもっと知識を深めたいことが出てきた時、手軽に情報を与えてくれる頼れる存在だ。でも、このウィキペディアと5・7・5・7・7のリズムを刻む短歌の結びつきを、いったい誰が想像できただろうか。

 本来結びつくはずのなかった二つを結びつけたのが、『偶然短歌』(いなにわ、せきしろ/飛鳥新社)の著者であるいなにわ氏。彼は偶然見つけたウィキペディアの文章が5・7・5・7・7のリズムになっていることに興味を惹かれ、文章中から「偶然短歌」を見つけ出すプログラムまで開発してしまったという。本書には、プログラムによって自動的にピックアップされた約5000首の偶然短歌から、厳選された100首が掲載。さらに選者となった作家のせきしろ氏がそれぞれの短歌にイマジネーション溢れる解説を加え、偶然短歌の面白さに拍車をかけている。

【念仏で救済される喜びに衣服もはだけ激しく踊り】どんな奇妙な儀式だろうと思ったら、引用元は「盆踊り」。老若男女が一緒に楽しむ、夏の風物詩であるアレだ。ウィキペディアのページに行ってみると確かに盆踊りの起源である「踊 念仏」についての説明で、イメージする盆踊りとのギャップにただただ驚く。せきしろ氏の言葉を借りれば、「もしかしたら私は本当の盆踊りを知らないだけかもしれない」。偶然短歌は時に、衝撃の新事実を教えてくれるのだ。

【艦長が自分好みの制服を艦の資金で誂えていた】引用元が「セーラー服」なので、思わずニヤニヤしながら女子学生の制服を手にする変態艦長を想像してしまう。しかし引用元を読めば、イギリス海軍の艦長がセーラー服を水兵の制服にするべく、試行錯誤している過程を表した文章の一部だということが分かる。偶然短歌は、時として真面目に仕事をしている大人の誇りまで奪う。

【脱ぐように指示される中、矢沢だけ何も言われず脱がなかったら】矢沢とはいったい誰なのか。まさか世界の矢沢永吉だろうか。永ちゃんが脱ぐ必要に迫られるなんて、どんなシチュエーションなんだろうか。様々な想像が膨らむ。しかし引用元を見ると、矢沢とは元よしもと所属のピン芸人、「エッグ矢沢」の事だと分かる。少しの間、夢を見させてくれる偶然短歌である。

 偶然短歌の魅力が少しは伝わっただろうか。時々完成度の高い作品はあるものの、本書に掲載されている多くの偶然短歌は、実は理解不能。プログラムによって自動的にピックアップされているので、一切の前後の説明やつじつまが無視されているのだ。でもだからこそ、ウィキペディアをチェックするだけでは気づかなかった驚きや、発見を体験する楽しみがある。断言してもいい。あなたはある日、無意識に偶然短歌を探している自分に気づき、ハッとすることになるだろう。

文=佐藤結衣