極私的! 月報・青学陸上部 第11回

 世田谷長距離競技会―――。

 10月1日午後8時20分過ぎ、5000mの最終組(25組)がスタートしようとしている。気温は22℃、薄手のアウターを着てちょうどいい具合で、走るには最高のコンディションだ。

 18組から青学の選手が出場し、自己ベスト更新が7名、シーズンベストを記録した選手が8名出ていた。春のトラックシーズンから夏合宿を経て、しっかりと練習を積んだ成果が出始めているようだ。

 最終組には出雲駅伝のメンバーに加え、11月の全日本大学駅伝、そして箱根駅伝を狙う主力級の選手たちがエントリーしている。アップをしている選手を眺めながら出雲駅伝メンバーの様子を確認した。この記録会に賭け、逆転で出雲出場を狙う富田浩之(2年)は、表情は硬いが気合い十分だ。鈴木塁人(たかと/1年)はリラックスしながら軽く走り、吉田裕也(1年)は黙々とアップしている。一人ひとりチェックしていくと梶谷瑠哉(2年)の姿が見えないことに気が付いた。

「梶谷は故障したよ」

 原晋監督は苦々しい表情でそう言った。

「数日前、練習で足をひきずりながら走っていた。選手というのは痛いのにやりたがるんだよね。最後の最後まであがくわけ。でも、それじゃダメなんだよ。現役を長く続けるなら、そこらの按配(あんばい)は自分でコントロールしないといけない」

 梶谷は夏季合宿で調子がよく、9月の学内TT(タイムトライアル)では4位という好成績を残した。青学同窓祭での出雲駅伝メンバーお披露目の時も「自信を持ってスタートラインに立てそうです」と3大駅伝のデビュー戦となる出雲を楽しみにしていた。原監督も安定した走りを見せていた梶谷に期待していた。それだけに故障による戦線離脱は痛手だ。

「まぁ今日、出雲組がどんだけ見せてくれるかだな」

 原監督は腕を組んだままスタートを待っている。出雲駅伝メンバーはひとり欠け、9名が6つの椅子を争うことになった。果たして、誰が出雲路を走る切符を手にするのか。

 スタートの音が鳴った。

 序盤から外国人がレースを引っ張る。青学勢は出雲組を中心に中盤から後ろにかけてグループを形成して走っている。全体的に抑えて、やや流しながら走っている感じだ。

 3000m手前から小野田勇次(2年)が上がっていき、先頭集団についた。10位内をキープし、上々の走りを見せている。小野田は「今年も狙うのは箱根」と2年連続での箱根駅伝出走を目指しているが、夏季合宿での25kmクロスカントリー走では体幹の弱さから軸がぶれて、後半に失速。なかなか調子が上がらず、9月の学内TTでは13位に終わり、タイムも5000mを14分14秒09と平凡だった。しかし、あれから10日、小野田の走りには力強さがみなぎっており、まるで別人のようだ。

 3000mを8分09秒で越えていった。

「小野田、いいね。覚醒したか」

 原監督がほくそ笑む。4000mを越えると下田裕太、田村和希が上がってきた。小野田はそのまま先を行く。

「小野田、いけー」

 原監督の檄が飛んだ。

 小野田は楽しそうに走っている。頭が左右に振れることもなく、安定している。ラストスパートのスピードも落ちない。

13分46秒93、7位。

 一色恭志が持つ青学記録13分39秒65には及ばないものの自己ベストを10秒も縮める見事なタイムだった。

「小野田、出雲のメンバーに登録しておけばよかったなぁ(笑)」

 原監督の表情が笑顔で弾けている。

 さらに原監督が期待している森田歩希(ほまれ/2年)が13分58秒18と7月の世田谷記録会で高校1年以来、5年ぶりに更新した自己ベストをさらに14秒も縮めた。

 出雲組では下田が13分53秒96で自己ベストを更新し、田村も13分54秒17で13分台を出した。流して走った一色、鈴木、茂木亮太、安藤悠哉も14分10秒内にまとめ、好調を維持している。出雲駅伝に登録していない2年生が奮闘したが、今後の全日本大学駅伝、箱根駅伝を考えると非常に明るい材料になった。

「これで出雲を走るメンバーの目星がついたね。十分戦えると思うし、楽しみだよ。しかも、これでうちは13分台が13人になった。小野田はよかったなぁ。あいつは俺みたいなタイプ。夏合宿はてれんこてれんこして、秋の駅伝シーズンになったら走る。森田もすごくいいし、まだまだ伸びるね、うちは」

 原監督は、また満足そうに微笑んだ。

 世田谷陸上競技場の横にあるスペースで全員が集合し、円を描いた。原監督から自己ベストを達成した選手に「おめでとう」と声がかかる。小野田の時は皆から「すげぇ」「やべぇな」と一際大きな歓声が上がった。方々で冷やかされた小野田はうれしそうにはにかんだ笑みを見せた。

「夏合宿を含めて、これまで継続してきた練習が結果として出てきている。陸上はそういう世界です。みんな、諦めずにやりきってきたからこそ、こういう結果に結びついてきたのかなと思うと非常にうれしく思います。ただ、出雲組はここで終わりじゃないんで、これからもしっかりやっていきましょう」

 原監督の言葉につづき、安藤キャプテンが最後を締めた。

 キャプテンは練習終わりに必ず締めの一言を言うが、最近その言葉と内容に変化が生じてきた。言葉に力が宿り、内容も「おぉ」と胸に響くものが増えてきたのだ。「安藤は就職活動で苦労して一皮剥けた」と原監督は言ったが、それが影響しているのだろうか。

「そうですね。就職活動ではかなり揉まれました。最初、『余裕』とか思ってナメてかかっていたんです。でも、何回も落ちて、『俺、求められてないなぁ』って相当落ち込みました。もちろん面接では陸上をやっていることを話しています。『すごいね』って言われるんですけど、『じゃ、うちの会社で何をしたいのか』って聞かれると何も言えなかった。

 逆に『こんだけやってきたんですけど、どうですか』ってちょっと上から(目線)の感じだったんです。その会社に入って何をしたいのか、目的が明確じゃなかったし、そもそも就職活動のための準備をまったくしていなかったので、落ちるのはまぁ当然と言えばそうなんですけど......」

 今年の就職戦線は「売り手市場」と言われ、安藤の友人らは6月には内定をもらい、就職活動を終えていた。しかし、安藤は決められないまま夏季合宿に突入した。

「夏合宿中も決まらなくてやばいなって思っていましたし、ホント気が気じゃなかったです。最終的に内定をもらったのが9月です。決まってホッとしました。やっぱりなんでもそうですけど、きちんと将来のビジョンを描いていかないとダメですね。就職活動でそれを再認識しましたし、落ちて苦しい経験をしたことで、ちょっとは大人になりました」

 安藤は来年卒業後、実業団で競技人生を続けることをやめ、スポーツ関連の企業に進むことを決めた。春先は故障し、しばらくは走ることができず、就職活動も苦しんだ。そうした経験によって人としての幅が広がり、ようやくストレスなく走れる状況になったことで余裕が出てきた。それが「主将の一言」に影響を与えているのだろう。

「いろいろありましたが、やっと競技に集中できます。出雲はエースの一色がいるので、いかにつなぎの部分で差をつけられるのかにかかっています。自分は、そのつなぎ区間をしっかり走りたいですね。4年生の調子がいいですし、そうなれば下級生も余裕を持って走れると思うんです。ここにきて、みんな調子が上がっているので不安とかはありませんね。むしろすごく楽しみです」

 安藤は、そう言って笑顔を見せた。

 キャプテンとともに一色、茂木、池田生成(きなり)の4年生が今はチームを引っ張っている。上半期は不甲斐ない4年生に苦言を呈した原監督だが、今は「任せられる」というところまで調子を上げてきた。4年生が元気になり、チームがノってきているのだ。

 解散し、駐車場に歩いていく。風が心地よく、秋を感じさせる。記録会の結果を見てみると他大学の選手の健闘が目についた。

 東海大学の関颯人(はやと/1年)が4位、鬼塚翔太(1年)が6位に入り、さらに館澤亨次(1年)、三上嵩(2年)、湊谷春紀(2年)、川端千都(かずと/3年)ら出雲組が13分台を出して好調さをアピールした。スピード駅伝の出雲は経験値の比重が高くないので、彼らのスピードと大胆なレース展開は不気味だ。

 昨年、出雲駅伝2位の山梨学院はドミニク・ジャイロ(2年)は走らなかったが、秦将吾(4年)が3位、市谷龍太郎(3年)、上田健太(3年)も13分台だった。

 青学のライバルと言われる大学の選手たちが好タイムを出し、出雲駅伝に向けてしっかりと仕上げてきている。

「山梨はスピードがあるし、東海は1年生がいいよね。この2校は強い、それは間違いない。ただ、それでもうちは負けないよ」

 原監督は自信たっぷりに宣言した。

 今回の世田谷記録会の結果とこれまでの調子から出雲駅伝の出走メンバーは、アンカー(6区)に一色、あとは鈴木、茂木、田村、下田、安藤で決まりだろう。昨年、優勝したメンバーにも劣らない面子であり、チームの一体感は昨年以上だ。

 春から夏季合宿を経て、選手たちの成長を見るにつけ、原監督の3冠への自信は膨らむばかり。まずは出雲で結果を出し、それを証明することになる。

 10日、いよいよ出走だ。

佐藤 俊●文 text by Sato Shun