まるで異界につながる通路。熊本県美里町の熊延鉄道遺構にある八角形の落石トンネルには、そんな想像をかき立てる魅力があります。そんなワンダーな構造物が見られる熊延鉄道の跡地を訪れました。

以下、文・写真|ワンダーJAPAN編集部

熊延鉄道遺構(熊本県美里町)

熊延(ゆうえん)鉄道は、大正4年に開業し、昭和39年に廃止するまで約50年間続いた私鉄だ。計画では熊本市から宮崎県の延岡まで結ぶ予定だったためこの名前がついているが、実際は豊肥本線と連絡する南熊本駅から同じ熊本県内の砥用駅まで30km弱しか開通しなかった。延岡は太平洋側、残すところ約100kmである。

ここで紹介する遺構は、廃止時点で17駅あったうち、南熊本駅を1番目の駅とすれば、15番目にあたる佐俣駅があった場所の、少し手前にある。非常にわかりにくい場所だが、二俣五橋という珍しい橋の北側の斜面あたりだ。『新鉄道廃線跡を歩く5 四国・九州編』(今尾恵介 編著・JTBパブリッシング)に詳細が書かれている。ただし、津留川を渡る橋梁跡こそ大きな写真付きで取り上げられているものの、八角形の遺構の方は、遠くから撮影した小さなモノクロ写真で、トンネルの形がまったく不明のものしか掲載されてない。わずか20m程度の名もなきシロモノだからだろうか。たしかに大工事を伴う隧道の重みはないかもしれないが、八角形にくり抜かれた構造物が7連も続く姿は珍しく、貴重だ。蒸気機関車の吐き出した煤によるものか、天井部分が黒ずんでいるところもある。

▲落石よけ構造物は等間隔で並んでおり、切れ目から光が差し込むため中は明るい

▲西側から見たところ。切り通しのように見えるが、向かって左側が山の斜面で、右側は崖になる

▲構造物の切れ目の下の方は苔むしたきれいな石組みとなっている

▲落石注意の標識が、落石にやられたよう……

▲トンネルを見上げると、当時の名残の煤の跡なのか天井だけ黒ずんでいる

トンネルをくぐり抜けさらに東へ進むと、急に下り坂になり、切り通しとなったところに橋台、すぐ先に橋脚が1本見える。さらにその先、津留川を渡る川に架設された鉄橋の橋脚が春の陽を一身に浴びてどっしりと聳えていた。高さ20〜30mぐらいだろうか。冷たい水が流れる川に素足をつっこみ対岸へまわると、薮の先にも橋脚があり、合計4本が確認できた。河原の乾いた石で足の裏を乾かして靴下をはき、次の場所へ向かう。

▲国道443号線から細い道を入り、Y字路を右に曲がるとニ俣五橋へ出てしまうが、そこを山の斜面側、左方向へ行くと八角形の落石よけトンネル。さらに東へ進むと下り坂になり、この橋台跡に出くわす

▲トンネルから橋台跡へ向かう途中にある小さな祠

▲橋台跡が残る切り通しからすぐの薮の中にある最初の橋脚

▲河原に下ると津留川に立つ2本の巨大な橋脚跡に出くわす。高さ20〜30mはあろうかという立派な構造物だ。甲佐駅〜(佐俣駅)〜砥用駅間の開業が昭和7年(1932年)ということなので、この橋脚は齢80。人で言うと傘寿だ

アクセス九州自動車道「松橋IC」より車で25分、「御船IC」より28分。住所:熊本県下益城群美里町小筵


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