中国では何があっても謝罪の言葉を口にしない人が多い。レストランで注文したものとは違う品が出てきたとき、店員に指摘しても店員が謝ることはほとんどない。自動車を運転していた事故に遭っても、謝罪しない人は少なくない。これは謝罪することで自分の非を認めると、「自分に責任があること」も認めることになるという考え方があるためだ。(イメージ写真提供:123RF)

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 中国では何があっても謝罪の言葉を口にしない人が多い。レストランで注文したものとは違う品が出てきたとき、店員に指摘しても店員が謝ることはほとんどない。自動車を運転していた事故に遭っても、謝罪しない人は少なくない。これは謝罪することで自分の非を認めると、「自分に責任があること」も認めることになるという考え方があるためだ。

 一方の日本人は、安易に謝罪しすぎる傾向があるようだが、中国メディアの捜狐はこのほど、日本などのアジア諸国では謝罪の言葉が多用されることを指摘し、その良し悪しについて分析する記事を掲載した。

 記事はまず、アジアの文化圏ではすぐに謝り、西洋文化圏では自分が悪くない限りは決して謝罪しないと指摘。西洋文化からすると、謝罪とは「間違いを認めるか、責任の所在を認める」行為であり、自分が悪くないのに謝るのはおかしいということになるのだという。

 しかし日本人にとって謝罪は「社交的緩和剤」つまり「人間関係を円滑にし、まごころを示す」ことだと主張。西洋では悪くない場合は謝らないという「自分への尊重」があり、日本は人間関係を守るために謝る「他人への尊重」という違いがあるとし、これは文化の違いであると分析した。

 記事は日本の安易に謝罪する傾向を「アジア文化」としているものの、同じアジアでも日本と中国では大きく異なっていると言えるだろう。西洋では自分が悪くなければ謝罪しないとしているが、中国では自分が悪くても謝罪しない人が少なくないのだ。記事は最後に、「口先だけの謝罪よりも行動で示す方が説得力はある」と結論しているのはその通りだが、やはり自分に非がある時には、まず謝罪の言葉を口にして然るべきではないだろうか。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)