(写真提供=SPORTS KOREA)目標のトップ10位入りは果たしたが・・・

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韓国がリオデジャネイロ五輪で目標に掲げていたのは、“10-10(金メダル10個以上、金メダル基準の総合10位以内)”だった。

韓国の獲得メダル総数は21個(金9、銀3、銅9)で、総合ランキングは8位を記録。結果的には当初掲げた“10-10”(という目標は、金メダルが1個足りずに半分の成功となったが、その数字自体にそれほど意味があるとは思えない。

ただ、メダルの内容をみると、韓国にとっては厳しいものになっている。

全体的に苦戦した五輪だった

というのも、金メダル9個のうち、4個はアーチェリーによるものだ。五輪のメダル争いより厳しいとも言われる国内選考会、あらゆる場面を想定した猛練習など、韓国のアーチェリーは、30年以上にわたり、圧倒的な強さを誇っている。

射撃のチン・ジョンオの五輪3大会連続の金メダルも偉業である。

しかし、テコンドーの金メダルは女子49キロ級のキム・ソヒと女子67キロ級のオ・ヘリだけ。フェンシング男子エペで20歳のパク・サンヨンの金メダルは快挙であったし、女子ゴルフのパク・インビも韓国ゴルフの強さを再確認させたが、全体として、広がりの欠けたものになっている。

今から10年近く前、ソウル五輪が開催された1988年前後に生まれた世代が台頭し、韓国のスポーツ界では、新時代の躍進への期待が高まっていた。その代表が、水泳のパク・テファンである。

水泳パク・テファンの不運とは?

韓国の水泳は、国際的にはほとんど実績を残していなかったが、パク・テファンが10年前のアジア大会、9年前の世界選手権、8年前の北京五輪で優勝すると、水泳ブームが起きた。第2のパク・テファンを目指し、水泳教室に通う子供が急増した。

けれども今回、パク・テファンは出場したものの全て予選落ち。ドーピング違反で資格停止の間、すっかり世界から取り残された。

パク・テファンにとって不運だったのは、彼が韓国水泳界で孤立していたこと、さらに、競争相手になる選手が、国内に現れなかったことである。

飛躍が期待された韓国水泳界は、派閥争いが激しく、実力者が関わる水泳クラブの選手が優先して代表に選ばれ、活力を失っていた。横領などで逮捕者が出るなど、水泳協会の腐敗はかなり深刻なものだった。

(参考記事:“土下座スイマー”の汚名晴らせなかったパク・テファンの落日と韓国水泳界の驚愕すべき実態)

水泳に限らず近年、韓国のスポーツ界は強化よりも、正常化が求められる状況だった。

韓国のスポーツの強化が本格化したのは、1964年の東京五輪での日本の躍進に刺激を受けたことがきっかけだった。

日本を参考にしながらエリート主義に走った韓国

ただし韓国のスポーツ関係者は1990年代の初め私に、「日本は東京五輪の後、社会スポーツに傾いて、弱くなった」と語っていた。

そのため韓国は、学校の部活動など、日本を参考にしながらも、旧ソ連のステートアマのような、少数精鋭の、国家管理型のエリート主義を志向した。

高校野球の参加校数が全体で60校余りなど、スポーツ人口は非常に少ない中、底辺を広げず頂点だけを育ててきた。その成果が今まで現れていたのは確かだが、弊害も多くなっていた。

とりわけ問題なのが、少数であるがゆえの、縄張り意識や派閥による、不正腐敗である。

そのため今年に入り、行政が主導して、五輪などを目指すエリートスポーツの大韓体育会と、社会スポーツの団体である国民生活体育会を統合させ、新生の大韓体育会を組織した。

目指すところは、選手の育成を学校の運動部から、一般市民にも開放された地域クラブに移すことである。

目指すところは正しい。しかしながら、ある種の奇形である少数エリート主義が常態化している中で、あまりにも改革を急いでいるのも確かだ。

韓国のスポーツは今、過渡期にある

パク・テファンに限らず、ここ10年韓国のスポーツを支えていた、1988年前後の世代(例えば女子バレーボールのキム・ヨンギョン、女子ハンドボールのキム・オンアなど)が全盛期を過ぎようとしている一方で、そこそこの選手はいても、彼らに代わるような若い世代は、あまり出ていない。

2年後に控えた平昌五輪に向けても、ボブスレーなどでは新たな有望選手が出て来ているものの、帰化選手に依存しているのが実情である。

選手の強化から、スポーツ界の正常化へ。韓国のスポーツは今、過渡期にある。

ただ現状では、大韓体育会と国民生活体育会の統合で、新たな派閥が加わった感も、外から見ているとある。

スポーツ界の体質が改善され、韓国のスポーツはより強くなるか、強化も正常化も、どちらも失敗に終わるか。

1964年の東京五輪が転機となった韓国スポーツの躍進は、2020年の東京五輪に向けて、試練の時を迎えている。

(文=大島 裕史)