【新刊無料公開】 『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』第1章 経営戦略のための統計学(8)

写真拡大

ベストセラー『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』の著者・西内 啓氏が、ついに待望の新刊『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』を発表。ダイヤモンド・オンラインでは、この『ビジネス編』の一部を特別に無料公開。ビジネスパーソンに必要な「統計力」の磨き方について、ヒントをお伝えします。

 最後に本章で行なったここまでの分析を図表1‐17にまとめておこう。

 経営戦略における「最大化したい/最小化したい」アウトカムとして、本章では総資本利益率を推奨した。同じ資本からどれだけの利益をあげられるか、という成果に対して、営業が強いとか顧客満足度が高いというのはあくまでそのための手段であり、これらを最大化すること自体が目的ではない。

 次にこのアウトカムを実際に分析しようとすると、どのような単位で分析するかという視点が必要になる。本章ではこの単位を企業と考えたが、これは言い換えるならば「総資本利益率の高い企業と低い企業の違いはどこにあるのか」という比較を行ない、その背景にある違いを見つけてこようという考え方である。

 これがもし解析単位が業種ということであれば「総資本利益率の高い業種と低い業種の違い」を見つけることもできる。しかしながら、業種を分析しようとすれば、図表1‐10に示したような単純集計を行なって終わりであるし、ルメルトやロケベルトたちが示すように、企業の収益性の大小は「どの産業に属すか」という以上に企業ごとのさまざまな特性によって左右されている。

 なお、だからといってデータがある限り全ての企業を対象にすべきというわけではなく、自分たちが競争したり協力し合ったり、参入したりされたりする市場を柔軟に捉え、その中での勝敗を分けるような成功の鍵を見つける、というのを本章ではおすすめした。

 また、こうした解析単位ごとのアウトカムの大小、つまり本章であれば企業ごとの収益性の違いを「説明するかもしれない」特性である説明変数について、ニューバートのシステマティックレビューからさまざまな説明変数の候補を紹介した。

 大きく分けると、人材と組織の状況、モノ・カネなどの有形資産、マーケティングなどで得られる無形資産、保有する技術やイノベーションの素地、取っている戦略とその背景といったものが挙げられるが、これ以外にも「この業界の収益性を左右するのではないか」と考えられるものがあれば、積極的に説明変数の候補として分析してみるといいだろう。

 実際のデータソースとしては総資本利益率というアウトカムのほか、売上や設立年数、参入している産業分類などの説明変数を含む企業データは、上場企業についてはIRで公表されたものを日本経済新聞社などがまとめたものが入手できるし、非上場企業についても多くは帝国データバンクなどから入手することが可能である。

 これ以外にもブランドの認知や顧客満足度といった無形の資産について定期的に収集している企業は多く存在しているし、業界団体などが定期的に行なう統計調査のデータが役に立つこともある。もし知りたい情報を彼らが持っていなければウェブ調査や質問紙調査で自ら市場に問うてもいい。さらに、市場が知り得ないような内部の情報について分析データとしたい場合は、業界の事情をよく知る外部の第三者に採点してもらう、といったやり方でも十分価値がある。

 こうしたデータを揃えたら、解析単位である1つの企業に対して1行、という形で全てのデータをまとめ、SASやR、SPSS、Stataなどツールは問わないので重回帰分析にかける。

 言うまでもなくこれらのツールで設定する結果変数(あるいは従属変数、yなどと表記されているツールもある)は今回のアウトカムである総資本利益率であり、説明変数(独立変数、xなどと表記されているツールもある)にはここまでに挙げたいくつもの項目をその候補とする。

 経営戦略に関する分析ではしばしば解析対象とする企業の数が限られており、せっかく説明変数の候補が100項目あったとしても全て使うことは難しい。そこでステップワイズ法などの変数選択アルゴリズムと、あなた自身の目を駆使して取捨選択を行ない、収益性に影響を与える重要な説明変数を特定していこう。

 戦略コンサルタントたちが整理されたマトリックスに加えて、ちょっとした回帰分析結果を持ってくることもある。だが、しばしばそれは単に「よくわからないが難しくてありがたいもの」とだけ扱われ、あまり意思決定には活かされないそうだ。本書のここまでの知識を身につけていれば、皆さんはこうした分析結果を読み解くこともできるし、ここまでの手間をかければそれ以上の発見にすらたどり着くかもしれない。

 最終的に残った説明変数が、もし「どのような市場で戦うべきか」というポーター的なアイディアを示しているのであればその市場への参入あるいは投資強化を図ればいい。一方、「この業界ではどのような強みが重要か」というバーニー的なアイディアを示しているのであれば、そうした要因の強化を図ればいい。実際に私が分析した際にも、いくつもの思わぬ要因がその業界内における収益性を左右することが明らかになったのだ。

 他社に先んじてそうした成功の鍵に気づけたのであれば、ぜひとも他社に先んじて「そのような戦略は機能しうるのか」というトライアンドエラーに取り組むべきだというのはリーン・スタートアップでもすすめるところである。

 ここまで読んだ読者にとって最後の疑問はおそらく「営業力の強さや商品開発力といったものが自社を取り巻く市場の勝敗を左右していることはわかったとして、どうやって自社の営業力や商品開発力を高めていけばよいのか?」というものだろう。

 多くのビジネスマンにとって重要なのは、ここから先の「では具体的にどうするのか」という、いわばマネジメント面でのアイディアになってくるだろう。あるいは、こうして明らかになった戦略的な方向性に基づき、自分の携わる業務をどう改善するか、という観点である。

 もちろんこうした問いを考えるうえでも統計学は役に立つ。そして、それこそが次章以降で本書が述べようとするところなのである。