『沓掛時次郎 遊侠一匹』

写真拡大

…前編「“寅さん”の仁義が光る任侠映画の傑作」より続く

【男達の遠吠え】『沓掛時次郎 遊侠一匹』後編
「こいつはそろばんのはじけねえ野郎だった」

渥美清が、国民的人気シリーズ『男はつらいよ』(1969年)の前に出演したのが、任侠(にんきょう)映画『沓掛時次郎 遊侠一匹』(1966年)だ。渥美が演じる身延の朝吉は、時次郎(中村錦之助)を兄貴と慕い、やくざとして名を上げることを願う、しがないチンピラである。

時次郎と朝吉は、ひょんなことから佐原の勘蔵一家に迎え入れられ、歓待を受けることとなる。めったにないことと舞い上がる朝吉に対し、時次郎は「何の魂胆もない方が行きずりの旅人にこんなもてなし方をするかよ。親分衆ってのはな、旅がらすの命なんて虫けらみたいにしか思っていないんだよ、これだけは覚えておきな」と諭すも、朝吉の耳には届かない。

いよいよ佐原の勘蔵一家と、敵対する牛堀一家がことを構えることとなるが、やくざ稼業に嫌気が差している時次郎はわらじを履き、逃げるようにしてその場を去っていく。しかし名を上げたい朝吉は時次郎が許せない。「俺はたった一人だって仁義の道を押し通してみせらあ」。時次郎もついつい「ばか野郎、そんなら勝手にしろよ。」と朝吉のもとを去ってしまう。その背中を見て「兄貴ィ! 兄貴ィィ!」と叫ぶ朝吉がせつない。

その足で佐原の勘蔵一家のもとに戻った朝吉は「お役に立たないかもしれませんが、一宿一飯の恩義にあずかりとうございます。沓掛の兄貴の旅立ちはあっしに免じて許してやってください」と仁義を通してみせる。今は名はなくとも、誇り高き男でありたい。その哀しい決意が胸を打つ。

しかし道中、どうにも胸騒ぎがおさまらない時次郎は、やがて、一人で牛堀一家のもとに殴り込んだ朝吉が、大勢からよってたかってなぶり殺しにされたことを知る。やり場のない怒りが爆発した時次郎は怒りに任せて、牛堀一家をひとり、またひとりと斬りつけ、全滅させてしまう。そこに駆けつけた佐原の勘蔵一家の面々に向かって時次郎は「こいつは俺と違ってそろばんのはじけねえ野郎だった」。そしてその奥には、朝吉の死に涙ぐむお松の姿もあった。

この朝吉が登場するオープニングのシークエンスは、『飢餓海峡』『宮本武蔵』などを手がけた鈴木尚之と、後に東映ピンキーバイオレンス路線で名をはせることになる掛札昌裕という二人の脚本家が独自に考えたもの。しかし、この朝吉の登場シーンをめぐり、原作に忠実に作りたかった加藤泰監督は「前半はいらんだろう」と主張し、監督と脚本家たちの間で大もめにもめることとなる。結果的には鈴木たちの意見が通り、脚本のままに撮ることになったが、それが功を奏したのだろう。任侠(にんきょう)映画史に残る傑作がここに生まれた。(文・絵:壬生智裕/映画ライター)

壬生智裕(みぶ・ともひろ)
福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても映画祭パンフレットなどの書籍も手掛ける。