「4年後に"絶対の存在"になって戻ってきますよ。成長できた部分もあると思っています。自分のよさは仕掛けられるところだと思うので、そこをもっと伸ばしていきたいですね」

 2014年6月、ブラジルのクイアバ。日本代表が惨敗したブラジルW杯が終わった後、当時24歳だった彼はすでに先を見据えていた。切り札として23名のメンバーに入ったが、たったの1秒も出場機会を与えられていない。しかし、もどかしさを吐き出すよりも胸中に収め、前に進むための燃料にしようとしていた。

「目指すところが分かったんです。今はどれもこれも足りない。でも、少しずつよくなっているし、すべてうまくなりたい。守備も、テンポを作るパスも、ヘディングでのゴールだって......」

 湧き上がる大きな欲求が、小柄な男を突き動かしていた。

 ロシアW杯アジア最終予選、齋藤学はイラク戦、オーストラリア戦に向けたメンバーに選ばれている。武藤嘉紀、宇佐美貴史の2人がケガしたことによる追加招集だが、周囲の期待は大きい。直近のヴァンフォーレ甲府戦では2得点2アシストの活躍を見せた。今シーズンの齋藤には"変身した気配"が漂う。

<27番目の選手>

 その扱いがそもそも不当と言える。齋藤は右サイドで縦への推進力を出せるし、左でサイドを封鎖し、タメを作るプレーもできるようになった。代表レギュラーの欧州組、本田圭佑や清武弘嗣と比較しても、何ら遜色はない。むしろ齋藤のプレーの方が冴えている。 

「自分の体を思うまま、自在に動かせるようにしたい。世界で戦えるように」

 そう思い立った齋藤は、この2年間、体を作り直してきた。積極的に栄養学を学び、実践し、ヨガや古武術やメンタルなどのトレーナーのところへ通った。結果、体のキレは増し、ケガも少なくなりつつある。

 そのドリブルは、Jリーグではもはやマーカーを寄せ付けない。2人がかりだろうが、3人がかりだろうが、スピードの変化を自在に操って"居合抜き"の要領で敵の裏を取り、"切り伏せて"しまう。ゴール前を横にスライドしながらシュートコースを見つけ、体の軸をぶらさずに打つコントロールショットは、「伝家の宝刀を抜く」の表現がふさわしい。

「まだまだです!」

 本人は決して現状に甘んじていない。満足したら成長は止まる、と腹をくくっているのだろう。謙虚さと向上心がいい塩梅(あんばい)で同居している。

 特筆すべきは、勝負に対する純粋さだ。

 9月25日、川崎フロンターレとのセカンドステージ優勝攻防戦では、何度もディフェンダーの群にドリブルで切れ込んでいる。アディショナルタイムには同点ゴールのアシストを決めた。しかしその直後に逆転されると、人目もはばからずに涙で頬を濡らしている。

「気持ちが入っていたから、悔しくって」

 そう語った齋藤はこの夏、ひとつの境地にたどり着いている。

「自分は心からサッカーを楽しんでいる、という姿を見ている人に伝えたいんです。できる限り多くの人に。自分のプレーに迫力を出したい」

 観客を熱狂させる。それはプロサッカー選手として究極的な目標だろう。彼はそこに向かっている。

 その点でW杯が特別な舞台であることは間違いない。

<世界の猛者と戦う>

 そこに齋藤は痺(しび)れを感じている。自身が楽しめなければ、人を楽しませることはできない。その追求は舌を巻くほどだ。

 もし齋藤が埼玉スタジアムのピッチに立ったら、ブラジルW杯直前のテストマッチ、ザンビア戦(2014年6月)の後半に途中出場して以来となる。当時は、そこでアルベルト・ザッケローニの信頼をつかみきれず、本大会で出場機会なしに終わっている。以来、2年以上も雌伏のときを過ごしてきた。

「いつもと変わらずにプレーしますよ。楽しんで」

 待ち望んだ機会だが、本人に気負いはない。"自らが楽しむ"は、"人を楽しませる"に通じ、生半可にはいかない。それだけの決意とも言えるが、彼はどの試合でも、ありあまる気概でプレーしてきた。

 失意に終わったブラジルW杯から4年越しの挑戦となるロシアW杯へ――。今度はピッチで主役になる。物語の序章が幕を開ける。

小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki