「毒親」から「毒抜き」 をした女性のお話

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執筆:玉井 仁(臨床心理士)

自分の身勝手な価値観や行動で、子供を物理的にも精神的に苦しめてしまう親。


最近ではそうした親を指して「毒親」(毒になる親)と呼びます。

今回ご紹介するのは、「毒親の影響に30代になって気づいた」という女性です。

「世の中は信用できない」という思い


30代も半ばになったみほさん(仮名)は大のお酒好き。飲む機会があるといつも飲み過ぎて、「ああ、またやっちゃった」と思うけれども、止められません。

でも人に迷惑をかけているとしたらそれくらいで、社会人として世の中から弾き出されないように生活できている、という自負はありました。一方で、世の中は決して信用できないものだ、という根強い思いが昔からありました。

お付き合いした男性もいて、一緒に過ごす時間は楽しいと感じる半面、相手が自分のことを本当に好きだとは信じられませんでした。

だから結婚にも踏み切れなかった、とみほさんは言います。

涙が止まらない出来事が


過去に付き合った彼氏には度々「もうちょっと自分のこと、大事にしなよ」と言われました。

しかしそれが原因で喧嘩して別れることもしばしば。自分を大事にして何の意味があるんだろう、とみほさんは考えていました。

そして「自分は結局、だらしがない人間なんだ」と思うことで片付けてきたのです。

そんな彼女が、自分の中の思わぬ「毒」に気づいたのが数年前。知り合いに勧められて、仏像の展示イベントに参加したところ、もともと大して興味があったわけでもないのに、「阿修羅像」を見ていたら涙が止まらなくなったそうです。

どうして涙が出るのか、彼女自身にもわかりませんでした。みほさんはその後も、阿修羅像に会いにわざわざ奈良まで出かけては涙を流すということを繰り返したそうです。

想像以上に大きかった親の影響


それを知った友人に、「何か抱えているんじゃない?」と言われ、みほさんはさまざまな本を読み漁り、次第に自分と親の関係を振り返るようになりました。

思い出してみれば、みほさんの親は本当に感情的な人たちでした。

夫婦げんかが絶えず、いつもその原因をみほさんに求めました。「けんかをするのはお前のせいだ」「お前がいるから離婚しないだけだ」と。

そんな親に嫌気が差し、20歳を前にしてみほさんは家を出ました。それから今に至るまで、親とは距離をおいてきました。なので親の影響などないと思ってきました。

しかし、「自分が思う以上に引きずっていたようだ」と考えるようになったのです。

毒からいまだに癒やされていない自分


その後通い始めたカウンセリングで、「阿修羅像と向き合っている時に、何が浮かんでいるの?」と尋ねられました。しばらく考えてから、みほさんは「優しさ。どこまでも深い優しさ」と答えました。

口にするまで、自分でもそんな感覚に気づいていませんでした。初めて自分の中にある親の「毒」を感じたのです。


そしてその毒から自分が癒されていないことにも気がつきました。

「どうせ世の中なんて、人なんて」という態度で生きてきた。他人に気を許して安心することもあったけれど、どこかでそういう自分をバカにしてきた。それは、「どこまでも深い優しさ」に飢えてきたことの裏返しだったのだ。それを親のせいだと考えるのは嫌だけど、影響を受けているのは疑いようがない。

そう思うようになったのです。

毒を抜くことで心の鎧も不要に


このような視点で過去のことを振り返ると、親に対する憎しみや恨みの感情が湧きました。

子供の頃のみほさんは「どこまでも深い優しさ」を求めていたにもかかわらず、親はそれを与えてはくれませんでした。

いつしか「どこまでも深い優しさ」なんてものはありはしない、という思いが芽生え、それが世の中や他人に対するあきらめにつながっていきました。知らず知らずのうちに心に「あきらめ」という鎧を着けることで、みほさんは親の毒から自分を守ってきたのです。

いまさら親に復讐したいとは思わないけれど、このままでは親の毒から自由にはなれない。

みほさんはそう考え、カウンセリングに通い時間をかけて「毒を抜く」作業を続けました。いまではもう、心に鎧を着けなくても怖くない、とみほさんは言います。彼氏には、変わったね、と言われるそうです。

彼女自身も、自分がこんなに優しくなれるとは思ってもみなかった、と驚いています。

(※この記事は、実際の複数の事例を参考に構成した架空のものです)

<執筆者プロフィール>
玉井 仁(たまい・ひとし)
東京メンタルヘルス・カウンセリングセンター カウンセリング部長。臨床心理士、精神保健福祉士、上級プロフェッショナル心理カウンセラー。著書に『著書:わかりやすい認知療法』(翻訳)など