慶応大学三田キャンパスの図書館旧館=東京都港区 (c)朝日新聞社

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 団体数、結束力、集金力で有名な三田会。慶應義塾大の卒業生たちの会の総称だ。卒業してもなお、というより、むしろ卒業してから絆を深める塾員たち。その根底には、創立者・福沢諭吉による教育理念がある。

 重きをなすのが「社中協力」。「社中」とは塾生、塾員、教職員など塾に関わるすべての人たち、いわば「オール慶應」の意で、同じ社中に属する者同士、親睦を深め、互いを助け合うという教えだ。

 この理念は、幼稚舎から大学・大学院までの一貫教育によって浸透していく。三田会の結束力を分析した『慶應三田会 組織とその全貌』の著書がある、宗教学者で東京女子大非常勤講師の島田裕巳さんは、「小学校から高校までの内部生によって慶應らしいカラーが決まり、大学入学組はそのカラーに憧れと反発を抱きながら強く同化していく。結果、数が圧倒的に多い外部生のほうが人脈を広げる三田会活動に熱心になり、それが強い結束力を支えている」と分析する。

 大学内に卒業生の住所管理を担う部署「塾員センター」があることも大きい。最近では他大学も同様の体制を整えているが、慶應が先んじたのは、4年に一度の「慶應義塾評議員選挙」があるから。評議員は財界の大物が名を連ねる名誉職で、塾員の直接投票で決める。塾員一人ひとりに投票用紙を送るため、大学が卒業生の管理をする必要があったのだ。

 さらに、後述の卒業25年の節目には、その卒業年次の年度三田会の実行委員が中心となり、同期の所在不明者を可能な限り洗い出し、塾員センターへの登録を促す。現在塾員数は約35万人で、住所判明率はなんと85%を超えるという。ある塾職員は「大学の現況や情報を欠かさず通知し、大学と塾員がきちんとつながり続ける。この地道な作業が、実は慶應が誇る集金力の底支えをしている面もある」と分析する。

 塾員が三田会活動に熱心になる独自の「仕組み」もある。

 まずは「慶應連合三田会大会」。毎年10月に日吉キャンパスで行われる慶應ファミリーのイベントで、約2万人もの塾員やその家族などが足を運ぶ。事前に大会券(1シート5枚つづり1万円)が売られ、記念品と交換できる。毎年デザインが変わる慶應オリジナル腕時計は、オーナー一家が代々慶應に通うセイコー製だ。ハイブリッドカーが当たる福引や商学部卒の歌手miwaさんのライブなど、まさに塾員による豪華学園祭なのだ。

 この一大イベントを仕切るのが、卒業10年ごとに回ってくる「当番年」の塾員たち。全体を見るのが卒業40年のベテラン、中心となる番頭役は30年、20年がその下で動く手代、10年は見習い中の丁稚、といったところか。約千人がボランティアで参加する。「マニュアルなんてない。すべて先輩たちからの口伝」と、ある塾員。つまり10年目は20年目を、20年目は30年目の働きぶりを見ながら、10年後の当番年に備えるのだ。

 もう一つの大きな節目が卒業25年。3月に日吉キャンパスで行われる卒業式に、卒業25年の塾員が大学から招待される。それに合わせて該当年度の塾員が自発的に「記念事業」を計画するのだ。卒業式直前にホテルニューオータニ(東京都千代田区)で開催する大同窓会の企画、塾への寄付金集めが大きな柱となる。この記念事業を成功させるために重要なのが、いかに多くの同期の所在を明らかにするか、だ。各学部の代表幹事を決め、SNSを活用したりイベントを開催したりして盛り上げながら、名簿の整備を進めていく。約300人が集まった1992年三田会の同窓会はそのイベントの一つ。「92の日」として、東京、大阪、名古屋、上海などで同期が集った。

「来年3月の大同窓会には、2千人の同期が集合することが目標です」と、1992年三田会実行委員会で委員長を務める、老舗のハンドバッグ専門店、銀座大黒屋社長の安西慶祐さん。寄付金は塾生への奨学金として3千万円が目標だ。額は塾から指示があるわけではなく、先輩の事例を参考にしながら設定。寄付をすると大同窓会の様子などを収めた記念誌がもらえる。

「この記念事業でもっとも大切にしたいことは、一人でも多くの懐かしい仲間の顔を思い出し、集まること。仲間とつながる楽しみや喜びを共有することが、結果寄付につながるのでは」(安西さん)

 卒業20年で連合三田会大会の運営に関わり、25年でさらに同期や塾との絆を深め、その5年後の卒業30年では連合三田会大会を中心になって取り仕切る。年齢にすると40代から50代。「卒業25年記念事業に参加したら学生時代には知らなかった同期の友達が増えた」「仕事で人脈の重要さを実感する時期に、信頼できるネットワークが広がる三田会は貴重な場」と、この年代だからこそ痛感できるメリットを知り、塾員たちはその後も熱心に参加し続けるのだ。

 寄付の額にも色濃く表れる「愛塾心」。塾への現金寄付、15年度の実績は80億円余り。早稲田の36億円の2倍以上になる。三田会として多額の寄付をするのは連合三田会だ。連合三田会大会での大会券の売り上げや広告料、ブースの出店料などから「大学の周年事業では、おそらく億の単位で寄付しているはず」と当番経験のある塾員は語る。

 08年の創立150年の折には、塾が250億円を寄付の目標額としたが、最終的には約285億円の申し込みがあった。あるゼネコンの社内三田会は、このときは会として目標額を決め寄付を募ったという。「周年事業に関する受注につながればという狙いも少なからずあった」と同社社員。

 150年はオール慶應の「社中協力」シフトだったが、周年行事に関する寄付の場合、基本的には関係性の強い三田会が中心となって動く。17年に100年を迎える医学部の新病院棟建設事業には医学部卒業生による「三四会」が、翌18年の慶應義塾高校開設70年事業には同校の三田会が、募金活動を進めているという。

前述の島田さんは自らの研究分野に照らし合わせ、「三田会は宗教の構造に非常によく似ている」と分析。福沢諭吉という神格化されたシンボルの存在があり、相互扶助が根付いている点をその理由に挙げる。また慶應は親子代々通う塾員も多く、強い愛塾心と同時に人的ネットワークが受け継がれていくことも大きい。

 さらに三田会ならではの強みをこう語る。

「宗教や政治団体はいずれ高齢化が進み衰退していくが、三田会は同窓会という特性上、毎年若い塾員が加わり、常に新陳代謝される。組織としてどんどん強くなる構造になっている」

週刊朝日  2016年10月7日号より抜粋