リオ五輪・陸上男子400mリレー決勝、桐生祥秀からバトンを受けたケンブリッジ飛鳥は、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)に次ぐ2位でゴールを駆け抜ける。そのタイムは、予選でマークしたアジア記録(37秒68)を更新する37秒60。

 ケンブリッジは、自身が走り抜けた10秒弱を、こう表現した。

「今までの100mで一番短かった」

 400mリレー史上初の銀メダル獲得という歴史的快挙から約1か月半、その名を歴史に、そして人々の記憶に刻んだ23歳のランナーに、「2016年の夏は、どんな夏だったか?」と聞くと、彼は即答した。

「濃くて、短くて。アッという間の夏でした」

 一瞬の夏、ケンブリッジが手に入れたものは計り知れない。

 8月13日、男子100m予選4組で登場すると、向かい風0.5mという条件の中、10秒13で2着。準決勝進出を決める。

 翌日の準決勝、隣のレーンを走るのは、世界最速のスタートを誇るジャスティン・ガトリン(アメリカ)だった。ケンブリッジは10秒17と振るわず、7位となり敗退。決勝進出は叶わなかった。しかし――。

「無意識なんですが、ガトリンの背中を目で追ってしまって。自然と顔が上がり、普段より上体が起きるのが早くスピードに乗れなかった。右隣のレーンが空いていたので、余計に左が見えてしまって。ただ、一度経験したので、次からは隣に誰がいても焦ることはないかなと。同じミスはしないんで、いい経験ができたと思います」

 気持ちの切り替えは完璧だった。8月18日、400mリレーの予選でアンカーを務め、37秒68のアジア記録を叩き出す。
 
 翌日の決勝、隣のレーンを走るのがボルトに決まっても、怯むどころか心は躍った。

「やったなって。ちょっと自分、持ってるかもしれないって」
 
 決勝、最高の形でバトンはケンブリッジにつながる。トップ集団でバトンを受けると、ボルトにこそちぎられたものの、アメリカ(レース後に失格)の追撃を振り切る。

 ボルトが一瞬、ケンブリッジを振り返ったのは既報の通り、互いのバトンがぶつかるアクシデントがあったからだった。

「若干ですけどバランスを崩してしまって。どうにか2番でゴールできたんでよかったんですけど......」

 タラレバは承知で、やはり聞いてみたくなる。もしも接触がなかったら、ボルトとの距離は、広がっていたのか? 縮まっていたのか?

「もう少し距離は近かったかもしれません。そういう感覚はありました」

 100m準決勝でのガトリン、400mリレー決勝でのボルト。23歳のランナーは、その偉大なふたつの背中を生涯忘れないだろう。

「遠いような、近いような......。もちろん今は距離を感じます。だけど、いずれ追いつきたいなと思いますし、その手応えを感じてもいます」

 それはビッグマウスでない。すでにケンブリッジにとって、9秒台は通過点でしかない。

「今年は、オリンピックだからと特別に何かを変えることもなく、去年の暮れから同じようなトレーニングをしています。まだまだ限界、いっぱいいっぱいという感覚は自分の中で感じていないんで、このままトレーニングを積めば、まだまだ伸びると思います」
 
 そして、2014年にジャマイカで武者修行したように、その視野は海外にも向いている。

「まだ今シーズンは終わっていませんし、来シーズン以降のことは具体的には決まっていないんですけど、海外でトレーニングするという可能性もあります。今回、世界のトップ選手と走るのがオリンピックだけって、すごくもったいないって思ったんです。ドンドンドンドン世界に出て、世界のトップ選手と走る機会を増やしていければいいなと思います」
 
 また、自身の強化すべき箇所も明確に見えている。

「ここから大事なのは、自分の武器をどこまで伸ばせるかだと思うんです。僕の武器は、後半のスピードを落とさず、高い位置でスピードをキープできること。そこをどれだけ磨いていくか」

 初めて10秒の壁が破られるのは、それほど遠い未来ではないのかもしれない。ケンブリッジは、全日本実業団選手権(10秒15で山縣亮太に次ぐ2位)を経て、いわて国体(10月7日〜11日)に100mで出場を予定している。

「今回のオリンピックでも、すごく手応えは感じていて。本当にもうタイミングだと思います。国体で出せれば。間違いなく来年には出したいです」

 ただ、「スケールの大きな選手になりたい」と語る彼は、口外こそしないが胸に秘めた最終目標のタイムがある。

「言っちゃうと騒ぎになって大変だから。あんまり言いたくないです。それに、記録だけを追い求めるんじゃなくて、それ以外の部分も大事にしていきたいです。今日は、このくらいまでにしておきます(笑)」

 では、共に銀メダルを獲得した、山縣亮太、飯塚翔太、桐生祥秀は、ケンブリッジにとって、どんな存在なのか。ライバル? 仲間? 同志?

「全部じゃないですか。ずっと前から一緒に競ってきて、お互いの力も、切磋琢磨してついてきた部分もあると思うんで。4人がそれぞれ刺激しあったのが、今回のオリンピックの結果につながっていると思います」

 その中で最初に10秒の壁を破るのは誰か?

「僕が最初に出せればいいなとは思います。ただ、みんな思ってると思いますよ。『俺が最初に』って。そうじゃなかったら、みんな、ここまでの選手になってないんじゃないですか。もちろん3人以外にも、これから新しい選手もたくさん出てくると思います。それでも自分が、4年後の東京オリンピック、来年、3年後の世界陸上も出るんだって気持ちを持ってやってこうと思います」
 
 最後に、その胸にしまっているタイムを、もう一度聞いた。

「10秒を切った時に言います。最終的な目標を口にする前に、まずは9秒台という最初の段階の目標をしっかりクリアして。それからですね」

 ケンブリッジ飛鳥の真っ直ぐな視線、そして、その自信に満ちた言葉を聞いていると、永遠とも思えていた"10秒"という壁も、実はすでに崩壊が始まっていると確信できるから不思議だ。

水野光博●文 text by Mizuno Mitsuhiro