天下一品の壮絶すぎる創業ストーリーを木村社長に聞いてみた!所持金3万7000円、初日売り上げ11杯からのスタート

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天下一品は全国に240店舗(2016年10月1日現在)を持つ日本を代表する中華そば専門チェーン店だ。

そのチェーン店を一代で作ったのが木村勉社長。彼は36歳でラーメン店を開業し、現在は81歳。

すでに関西地方では深夜番組でテレビドラマ化していたり、各所に掲載されているので知っている人も多いかとは思うが、10月1日の「てんかいっぴんの日」に合わせ、これまでの話とこれからについて木村勉社長に語ってもらった。

3万7000円で作った屋台からのスタート

天下一品は京都銀閣寺の交差点付近で屋台にてスタートした。木村社長は高校を中退後、バーテンダー、美容室の経営、絵画商などを経験。36歳のときには勤めていた会社が倒産し、ラーメン店のオープンを決意したという。

意外なことにラーメン店は苦し紛れで始めた商売だったという。「稼ぎ口がなくなっても、家族を養わなくてはなりません。いざお店を始めるとなると、多額のお金がかかるので、元手が少ないラーメン屋台を開くことにしたんです」と木村社長は語る。

板金屋に屋台を注文すると、当時15万円ほどのお金がかかった。15万円のお金も出す余裕がなく、当時の持ち金が3万7000円しかなかったので、板金職人の友人に手伝ってもらい、そのお金で屋台を完成させた。木村社長は「友達がいなければ屋台なんて作ることはできませんでした」と語る。天下一品のスタートはかなり壮絶なものだった。

初日の売り上げはたった11杯

屋台を使って営業を開始したものの、ラーメンは売れず初日の売り上げはわずか11杯。日々の営業を続ける中で、材料を仕入れるお金もなく、家財道具を質屋に持っていき食材等を仕入れるお金を工面したこともあったという。

「家族がいるので、生活をするためにとにかく必死でした。ラーメン100杯を売らないと、当時のお金で大卒の初任給と同じくらいのお金は稼げませんから」と過去を語ってくれた。

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売り上げが少ないのに、怖い人が来る

銀閣寺付近の交差点で屋台営業をしていると、怖い人がきて「ショバ代」を要求したという。当時の木村社長はそんなお金が払えるような金銭状態ではなかったので支払いを拒否すると、嫌がらせや暴行を受けた。そんな嫌がらせにも負けず、再度お店に立つと嫌がらせを受ける…という繰り返しが1年ほど続いたという。

ある時、血だらけの木村社長を見かねた警察官が救急車を呼ぼうとしたものの、本人は「病院に行っても治療費を払うお金がありませんから」とその提案を拒否。

警察官は仕方なく警察病院に連れていき、その次の日には包帯を巻いた姿で木村社長は営業を続けた。当時はどんなに厳しい状況でも、生活がかかっていたので背に腹は代えられない状態だったという。

「いくらショバ代のためだからといって、怖い人も私を殺しませんしね。1年くらい立ち替わり怖い人が来ましたが、ついには怖い人が根負けして来なくなりました。当時は1杯でも、2杯でもラーメンを売らないと話にならない生活状況でしたから、嫌がらせに負けるわけにはいかなかったんですよ」

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お客さんの声を聞き、完成したスープ

天下一品のスープには鶏がら・玉ねぎ・にんじんなど十数種類の野菜が使われており、このスープの完成には3年の時間を要したという。

ラーメン屋をスタートするにあたって、屋台をやっていた人からラーメンを習ったが、そのスープでは多くのお客さんは来なかったという。

「どうしたらもっと多くのお客さんに来てもらえるのだろう?」と試行錯誤し、お客さんにラーメンを売る、話を聞くといったことを繰り返した末に唯一無二のスープを完成させたという。「こないだより、美味しいか?」「これはまずいか?うまいか?」と自問自答し、材料を工夫するなど、繰り返した結果、こってりスープは生まれたのだった。

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ビルに入った後は屋台より楽だった

銀閣寺周辺で屋台を引いていたところ、路上での営業が厳しくなったため、当時屋台のお客様でもあった石材店のオーナーより、敷地内の夜間の店番を条件として、屋台営業を認めてもらった。

ビル建築のため立ち退きを覚悟していたが、日頃の頑張りによりビルのオーナーから、「木村くんの店入れる」と言ってくれた。しかし、お金がなかったので「そんなお金ありません。」と話すと、オーナーが一緒に銀行へ行き、自分の土地を担保にお金を借りてくれた。その店舗が今の天下一品総本店だ。

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「テナントに入っても、最初は1日平均100杯も売れない日もありました。でも、屋台を始めた時と違い、3年9カ月の屋台営業のときの常連さんが来てくれたので、その時よりは楽でしたね。100杯売るのには1年はかかりましたけど」と当時の状況を語ってくれた。

お店を増やす予定はなかった

今でこそ天下一品は240店舗存在するが、屋台を出した当時はここまでの多店舗展開は考えていなかったという。「そもそもFC展開を自分から提案したわけではありませんし、集まると思いませんでした。当時の状況を考えると今の現状は考えられないですね」との意外な回答。

社長がこれから成し遂げたいことをお聞きすると「息子に天下一品のレシピやノウハウを継がせることですね」との返答を頂き、親としての顔を垣間見ることができた。

多くのファンが全国に存在し、これからも店舗が増えていきそうな天下一品。それでも木村社長は「300店舗以上に増やす予定はないです。過去に大きくなりすぎて潰れていったラーメンチェーンもありますし、何より天下一品同士の店舗で”共食い状態”になってしまいかねないんです。そういったことは避けたいんですよ。500〜600と出店すれば本部は儲かりますが、FCのオーナーさんが儲からなくなってしまうケースも出てしまいますから」とのコメントを頂いた。

81歳を迎える木村社長は新規出店の際に出店地に足を運ぶことが多いそうで、たとえFC店舗の出店でもお店の出店場所に口を出すこともあるという。

「自分の目で立地を見て、儲かるか儲からないかを見極めたいんです。天下一品店舗のオーナーには損をさせるわけにはいきませんから」とアツい回答を頂いた。

インタビューを通して、自分が苦労した分、オーナーや社員に苦労させないという心遣いを感じた。そんな10月1日は「てんかいっぴんの日」。ラーメンを食べるときにこの話を思い出して食べると味が違うかもしれない。old

天下一品 -鶏ガラベースのこってりラーメンが自慢!-