連続テレビ小説「とと姉ちゃん」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)第26週「花山、常子に礼を言う」第154回 9月29日(木)放送より。 
脚本:西田征史 演出:大原拓


「花山さん、もし花山さんがいなくなったら、わたしどうしたらいいんですか」(常子)

「あなたの暮し」2世紀32号「戦争中の暮し」特集の売り上げが好調で、嬉しそうな花山(唐沢寿明)だったが、またすぐに次号のことを考える。
時に昭和50年1月。
ある雪の日、ゲラのチェックをしに来た常子(高畑充希)に花山があとがきの口述筆記を頼む。この頃、花山は怒る体力もなくなっていた。
「いままであなたの暮しをご愛読くださった皆様へ」という書き出しで、「私が死んだ号に載せてくれ」なんて縁起でもないことを言う花山に常子は躊躇する。
「帰りに交通事故にあって君が先に死ぬかもしれないよ」と花山がおどけたあとの間。
「書いてくれないか 常子さんにしか頼めないことだ」のあとの間。
この沈黙が辛い。
ふたりが斜めに向かい合っている角度もいい。
常子はテレコをまわし、ペンをとるが、その手はほぼ止まって、花山の顔をじっと見つめ、話に聞き入る。
こういうとき、花山の遺言をその身に(それこそ宿るように)しみ入らせるように必死で書き取るのがいいのか、ドラマのように話をじっと聞くのがいいのか、脚本も俳優も演出家も選択に迷うところだろう。
インタビュアーとしての個人的な体験を言えば、真剣になればなるほど、録音機材が機能していればそれに任せ、話に集中してメモはしない。
常子がただただ聞き入ることを選択した演出は決して間違いではないと思う。

帰りがけ、花山は、常子に表紙の絵を渡し、はじめて会ったときのことを思い出し「ありがとう」と礼を言い、手を振る。
この一連の場面は、身近な人の死を体験したことのある人たちの個々の記憶を呼び起こす。このとき、ドラマはひとつの物語を超えて、観ている人たちそれぞれの物語になる。

花山は最後のあとがきに「今まであなたの暮しを呼んだことのないひとりにあなたが『あなたの暮し』をご紹介してください。ひとりだけ新しい読者を増やしていただきたい。それがわたしの最後のお願いです」と述べた。
それは、戦争を体験した日本の記憶や、庶民の目線で世界と必死に向き合ってきた花山の思いを風化させずにどうか繋いでくださいという祈りにも似た思いだ。
花山と常子の別れの場面によって、テレビの前のひとりひとりの忘れてはいけない人や出来事の記憶の寿命がまた一日、明日へと続いたことだろう。

「花山さん、もし花山さんがいなくなったら、わたしどうしたらいいんですか」と困惑する常子にかけた花山の「悩んだときは君の肩に語りかけろ。君に宿ってやるから」のセリフは、逝く人にも残る人にも共通の切なる思いだ。
2012年、中村勘三郎が亡くなったとき野田秀樹が「化けて出てきてくれ」と述べた弔辞を思い出した。

常子が花山の家を出ると雪が積もっている。つくりものとわかる雪の道を観て、常子がとと(西島秀俊)が死ぬ前につくりものの桜を見せた場面が蘇った。つくりものでも目的に向かって懸命にやっていれば人の心に届く。有名な「It's Only A Paper Moon」の歌詞「あなたが信じてくれるなら紙の月でも本物になる」(意訳)である。
懸命に雪の道をつくったスタッフの人に敬意を表したい。

いいエピソードだったのでこのまま終わりたいが、ひとつだけ【ほとほと姉ちゃん】
この回、回想された花山の素敵な家の絵、常子がかつて出版社からもって帰り自宅にしまっていたが、その後どうなったんだろう。

あと2回!
(木俣冬)