『闇(ダーク)ウェブ』(セキュリティ集団スプラウト/文藝春秋)

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 今やクリックひとつで何でも手元に届く便利な時代。では、クリックひとつで違法ドラッグや個人情報が買える、もしくは殺人依頼ができるとしたら?――

「買えないものは何もない! 悪魔のネットショッピング」の帯で目を引く、『闇(ダーク)ウェブ』(セキュリティ集団スプラウト/文藝春秋)は、インターネット上での違法取引市場、「ダークウェブ」を紹介した本だ。市場での売る側の多くは、現実世界でも裏社会の人間だが、買う側の多くは一般人だという。本書から、この闇の世界を見ていこうと思う。

 日頃私たちがよく使うのは、Google、Yahoo!などの検索エンジンだろう。これらは、世界中の誰もがアクセスできる「サーフェイスウェブ」といわれる空間だ。2016年3月発表のデータでは、こうした誰もが入れるサイトは10億388万7790件、サイトを配信するためのシステム(ウェブサーバー)は578万2080台だという。想像を超える数字だが、これでも検索エンジンでたどり着くことのできるサイトだけを数えた結果だ。この他に、検索できないサイトである「ディープウェブ」と呼ばれる場所があり、IDとパスワードがないと入れないようになっている。私たちがメールやSNSを利用する時などのサイトがこれに当たる。

 そして、さらにこの「ディープウェブ」の下層にあるのが、「ダークウェブ」だ。著作権を侵害した動画や画像、違法なアダルトコンテンツ、個人情報や違法ドラッグの取引、偽造パスポートから偽札、果ては殺人依頼、人身売買まで、およそ違法と名の付く物は何でもござれの闇市場が展開されている。ここは、検索エンジンには決して引っ掛からない独立した空間で、専用の通信方法でないとアクセスができない。現在では、通信の暗号技術と匿名性が特に優れている、「Tor」というネットワークが最も広く使われている。

 この「Tor」を利用した、史上最大最悪のサイバー闇市場が、「シルクロード」だ。現在はFBIによる創設者逮捕で閉じられているが、2011年開設から2013年閉鎖までの2年半の間に、約120万件の違法取引が行われ、「闇のアマゾン」の別称を持っていた。大麻はもちろん、コカインやLSDなどの一般には入手しにくい薬物も“安全”に販売・購入できるサイトとして人気を集め、クリックひとつで品物が自宅に届くことへの信頼性も高かった。「ダークウェブ」の中には、お金だけを搾取される詐欺サイトや、接触だけをサイトで図り、実際の“ブツ”の受け渡しは直接行うというサイトもあるため、「シルクロード」の“安全・安心”な闇市場の構築は、確かに群を抜いていたようだ。

 逮捕された「シルクロード」創設者、ロス・ウィリアム・ウルブリヒトは、アメリカ・テキサス州に住む29歳の男性で、現在も監獄の中。仮釈放なしの終身刑を下されているのだ。本人は、違法取引を導くためにこのサイトを作ったのではなく、その目的は「人間の知識のフロンティアを拡大させることだった」と主張している。彼の人物像は、「愛情溢れる家庭に生まれ、多くの勲功バッジを受けたボーイスカウト員」「極めて前途の明るいハンサムな若き青年」だという。「明るく真面目な好青年」に対して、現在、家族や友人たちが強力な解放運動を行っているそうなので、今後裁判のやり直しが行われることは充分に考えられる。

 弁護士団は、「ウルブリヒトはサイトを開発しただけで、その運営は他の複数の人間に引き継いだ」といって彼を弁護。こうした中、真犯人として名が挙がっているのが、ウェブ上の仮想通貨ビットコインの交換所「マウントゴックス」のCEO、マーク・カルプレスだ。ビットコインが「シルクロード」の中で取引通貨として使用されていたため、カルプレスがビットコインの価値を高めるために、「シルクロード」の運営を密かに行っていたというのだ。本人ははっきり否定しているので、事件の真実は未だ謎である。

 最後に「ダークウェブ」の良い方面での活躍も挙げておこう。独裁政権下で自由な発言ができない活動家やジャーナリストたちが、政府の目を逃れて自論を主張したり、連絡を取り合ったりする場所となっていることだ。警察や政府の目が届かない世界ということは、完全なる、制約のない、言論の自由の場なのだろう。

 自分には闇サイトなんて関係ない、と思ったあなた。でも、もし、思いもかけない人脈の繋がりで、一度IDとパスワードを手にしてしまったら? もちろん、一度でも取引を行えば、刑法での処罰と社会的な制裁が待っているのだけれど。注文はワンクリック。闇は案外近くにあるのかもしれない。

文=奥みんす