何かと話題を振りまいた「背番号3」の選手たち

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 南海時代から数え、2017年に80周年を迎えるホークス。球団の歴史を背番号で振り返っていくホークス背番号列伝。第3回は背番号3番の系譜を辿ってみたい。

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■ホークス背番号3の共通点は?

 1989年以降、ホークスの背番号3をつけたのは以下の4選手。

佐々木誠(1989年〜1993年)
松永浩美(1994年〜1997年)
吉永幸一郎(1998年)
松中信彦(2000年〜2015年)
(※カッコ内は背番号3を背負っていた年)

 「ほぉ……」と感じた方も多いのでは?

 何かと個性的だったり、お騒がせだったりと、ホークスファンの印象に残る選手達ばかりである。そんな背番号3を背負った選手たちの共通点を見てみよう。

■ストーブリーグの主役

 1989年から背番号3を背負っていた佐々木誠といえば、1993年に行われた西武の主砲・秋山幸二らとの3対3の交換トレードで、その対象のひとりとなったことがあまりにも有名だ。

 その3対3のトレードの前年に、オリックスから阪神へトレードされたのが松永。虎の主砲として期待されたが、わずか1年でダイエーにFA移籍。1994年から佐々木がつけていた背番号3を譲り受けた。

 ダイエーは1999年に悲願の優勝を果たしたが、吉永幸一郎は城島健司、松中信彦らの台頭で出番が減っていた。シーズンオフにはFAをほのめかすも結局残留。このしこりが残ったのか2000年は出場機会がさらに減り、同年オフ、巨人にトレードされた。

 2004年に平成初の三冠王に輝いた松中は、2006年にプロ野球史上最長の7年契約を結ぶ。2010年に西武から細川亨がFAで入団した際には、人的補償で松中が西武に移籍させられるのではと噂された。

 ストーブリーグではないが、2013年には交流戦の優勝セレモニーを欠席したことで1軍登録を抹消。「松中イコールワガママ」のイメージがついた事件だった。

■最後まで現役にこだわる

 2000年オフ、阪神を退団した佐々木は、海を渡りメジャーリーグに挑戦する。メジャーリーグ入りは果たせなかったものの、2001年は独立リーグのソノマカウンティ・クラッシャーズでプレー。打率.291と活躍し、同年オフに引退を発表した。

 ダイエーを1997年に退団した松永も翌年、メジャーリーグに挑戦。アスレチックスでプレシーズンゲームに出場するも27打席0安打の成績に終わり、引退を決意した。

 2015年オフにソフトバンクを退団した松中は、移籍先を求めアピールしたもののNPB球団からの誘いがなく、2016年2月引退を発表した。

 「背番号3」を背負った選手たちは、これだけ実績があるにも関わらず、誰一人引退試合をしていない。それも、また「らしい」と感じてしまう。

 今は空き番号となった背番号3。次につける選手は、いったい誰なのか?

溝手孝司(みぞて・たかし)札幌在住。広告代理業を営みながら、ライター、イベントなどスポーツ関連の仕事もこなす。生まれも育ちも北海道ながら、ホークスファン歴約40年。次の背番号3番は、佐々木誠のような走攻守揃った選手が背負うことを期待している。上林誠知や真砂勇介、釜本豪らが実力でもぎ取ってほしい。【関連記事】