「虹の根本にある素敵なもの」――爪切男のタクシー×ハンター

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 終電がとうにない深夜の街で、サラリーマン・爪切男は日々タクシーをハントしていた。渋谷から自宅までの乗車時間はおよそ30分――さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、密室での刹那のやりとりから学んだことを綴っていきます。

【第四話】「虹は自分の好きな物と好きな物を繋いでかかる素敵な橋」

 冒頭からOLみたいなことを言ってしまうが、渋谷で働いていた時の唯一の楽しみはお昼休みのランチだった。

 ランチといってもおしゃれなカフェでアボカド入りタコライスを食べたり、有名店のバイキングを楽しむといった類いのものではない。道玄坂にあった讃岐うどん屋のトッピングコーナーにて、セルフ式のうどん屋初体験と思われるジジイから「この天かすは無料で好きなだけ入れていいのかい?」と聞かれたので、「そうですよ、俺たちで全部入れちゃいましょう」と二人して全ての天かすをうどんに入れたら、うどん屋を出禁になってしまった。「お爺さん、実は会社の社長だったりしませんか?」と聞いたが、ジジイはただのジジイだった。釣りバカ日誌のような運命の出会いはないらしい。

 少し贅沢なランチをしようと思い立ち、高層ビルの屋上にあった天空世界と空中庭園をモチーフにしたレストランに行ったこともある。ところが、顎ひげ、口ひげ伸ばし放題で足元はくたびれたサンダルという私のみすぼらしい風貌がお店のドレスコードに引っかかり、入口にてボーイに入店拒否を食らう羽目となった。何とか入れないかと押し問答を繰り返しているうちに「お客様は天空世界に相応しくない服装ですのでお帰りください!」と激昂したボーイに言われてしまった。お前は天空に相応しくないと言われた日に食べたロッテリアの味を私は忘れない。

 そんな私のランチライフを脅かす由々しき事態が起きた。どういうわけかしらないが、ランチに外出するたびに、ほぼ毎日といっていい頻度で警察の職務質問を食らうのだ。私は警察には協力的であろうと決めているので、その都度、真摯な態度で対応していたのだが、さすがにウンザリしてきていた。ある日、ランチ帰りに寄った電器屋を出た瞬間、待ち伏せをしていた数人の警官に捕獲された時、ついに私の堪忍袋の緒は切れてしまった。「どうして俺にばかり職務質問するんだよ! 何か理由でもあるのかよ!」とキレる私。すると、人当たりの良さそうな警官が「あなたは手配中の外国人窃盗団のモンゴル人リーダーによく似ているんですよ」と教えてくれた。その日の渋谷の空は青空だった。私はただランチを楽しみたいだけなのに、どうして、うどん屋を出禁になり、天空に相応しくないと言われ、モンゴルの人に間違われないといけないのか。「俺はどう見ても日本人でしょう! そいつの写真見せてみろよ!」と凄む私に、警官たちはモンゴル人リーダーの写真を見せてくれた。写真を見た私は心の底から思った。「これで私に声をかけない警官は警官失格である」と。日本の警察はちゃんと仕事をしている。皆さんも安心してください。

 よくわからない前置きになったが、ようやく今回のタクシーの話である。

 その日の運転手は、サスペンス映画の神様アルフレッド・ヒッチコックによく似た少し不愛想なおじいさん。不愛想だけど、だからといって嫌な感じがしない佇まいがベテラン運転手といったところだ。その落ち着いた大人の雰囲気にすっかり安心した私は、自分が外国人窃盗団のモンゴル人リーダーに間違われた話をした。

「〜ということがあったんですよ」
「お客さん、それは大変でしたね。怒りたい気持ちもわかりますよ」
「ありがとうございます。でも泥棒って面白いですよね。どれだけ時代が変わっても、泥棒っていますもんね」