■極私的! 月報・青学陸上部 第9回

 新潟県妙高高原―――。

 午前5時半過ぎ、冷たい雨が降ったり止んだりする中、青トレが終わった。今日は、午前練習で30kmを走る予定になっている。それに備えて朝練は各自ジョグのみの軽いメニューになった。

「食事は6時45分からです」

 小関一輝マネージャーが大きな声で選手に通達した。選手はそのまま妙高高原ゴルフ場方面など、それぞれが考える距離とコースを走るためにサッと離散した。

 新潟県妙高高原での3次選抜合宿は9月9日から15日まで行なわれた。メンバーは当初、御嶽の選抜合宿(21名)をベースにチャレンジ組からの昇格を考え、数名の入れ替えを予定していた。しかし、実際は前回の御嶽合宿のメンバーに途中参加した一色恭志を加えた全22名。原晋監督が下した決断は、かなりシビアなものだった。

「中村裕紀らチャレンジ組からの合流も考えたけど、中村本人から『やりたい』という言葉がなかったし、御嶽合宿から練習の流れ(内容)が変わったんでね。ここで敢えてメンバーを入れ替えることはしなかったです」

 原監督の言葉の根底には、チャレンジ組から選抜組に入り込むような成長を見せた選手がいなかったという、ちょっと残念なニュアンスも含まれていた。チャレンジ組から1人でも2人でも選抜組に入ってくると部内競争がより激しくなり、チーム力を一層高められるのだが、逆に2つの合宿組の間には明確なラインが引かれたようだった。

「今回の合宿は、これまでの距離を走ることに加え、トラックを入れてスピードを高めていきます。駅伝に向けて実践的な走りができるように調整しつつ、出雲まで近いのでその選考の要素ももちろんあります」

 この妙高高原合宿からまず出雲駅伝のメンバーが選考され、今季の駅伝の主力になっていくのだ。

 午前10時、選手たちが宿舎を出て軽くアップをはじめた。

 スタートは午前10時45分。気温22℃、湿度は76%。雨上がりなので湿度が高いが蒸し暑さはない。

「涼しくて走りやすいですね」。伊藤雅一マネージャーが笑顔で言う。

 伊藤マネージャーは給水と警備のために自転車に乗り、これから選手とともに30kmを走るのだ。

 コースは杉野沢から黒姫高原を目指し、黒姫陸上競技場を越え、7.5kmで折り返すコースを2周する。最初の1.2km付近にはトンネルに入る登りがあるのだが、これは2周目の時にかなりキツくなりそうだ。

「タイム的には1時間45、46分目安に、そんなに早くガンガンいく感じではないので余裕をもって走りましょう」

 原監督が輪になった選手たちに伝えた。

 22名が一斉にスタートした。その後を原監督と吉見健太郎トレーナーが乗った車と伊藤マネージャーの自転車がついていく。

 スタート時は小雨が降っており、選手全員が帽子を着用していた。4kmを越えると雨が上がり、選手が帽子を脱いで道路に捨てていく。それを伊藤マネージャーが素早く回収し、選手を追い掛けていく。

 ポイント地点では小関マネージャーがタイムを読み上げる。ペースとしては最初の15kmまでは1km3分36秒、後半の15kmからは1km3分30秒で設定されている。1周目折り返す手前で伊藤マネージャーが集団に横付けして並走し、給水ボトルを差し出す。給水タイムは7.15km地点、20.25km地点と設定されている。毎年、同じところで合宿を張り、同じコースを走るので設定を同じにすることで昨年や一昨年とタイムの比較ができるのだ。

 集団は一色、安藤悠哉ら4年生が先頭に立ち、引っ張っていく。アッという間に25kmを走り、残り5kmだ。ペースが上がるが間延びせず、大きな塊となって走っている。ところが残り4km地点だろうか。秋山雄飛がひとり集団から離れはじめた。表情が苦しそうで足の運びもたどたどしく、体が重そうだ。

 秋山は前々日のトラックでの練習でも後半、ひとりだけ離れてジョグをしており、練習後は「体がきつい」と漏らしていた。前日の15km走では後半に集団から離れ、最後は片足をひきずるようにひとりでゴールした。宿舎に戻る途中、左足のハムストリングを気にしており、「ちょっとわからないですけど、筋肉系かもしれません」と、声を落とした。クールダウンのストレッチ中は誰とも目を合わさず、表情はかなり深刻だった。その後、吉見トレーナーによる入念なケアで回復し、30km走に挑んだ。しかし、最後は大きく遅れ、稲村健太マネージャーと並走して、なんとかフィニッシュした。

「秋山、いつまでリカバリーしとるんか」

 原監督の厳しい声が飛ぶ。秋山は、ただ首肯(うなず)くだけ。聞くと足には問題がなく、体調不良でガス欠気味になったという。

 4年で主力の秋山の調子の波が大きいのは、これから駅伝シーズンに向けて懸念材料である。ただ、それが秋山なのだという見方も部内ではあるという。

 茂木亮介(4年)は言う。

「今日の姿だけ見ると、あれが箱根を走った秋山かと思うかもしれないですね。でも、走りがダメでドーンと落ち込んでいるのは当たり前といったらおかしいですけど、いつもあんな感じなんです。逆に急に良くなったりもする。昨年の箱根の時もそれまで全然良くなくて、直前になってガーンと調子が上がったんです。その状態で使うのかなぁって感じだったんですけど、監督の中で『箱根で使う』と決めていたみたいですね。調子が読みにくいけど、レースに出たら爆発力を発揮する。それが秋山なんですよ」

 4年間、同じ釜のメシを食った仲間の性格や特徴を2年生以上、少なくとも4年生は全員理解している。だから、あえて声をかけたり、励ましたりせず、静かに見守っている。それが秋山の落ちた気持ちを救うことになると分かっているのだ。

 一方、茂木にとってもこの合宿は非常に重要だった。御嶽合宿では田村和希と全日本インカレで結果を出すことを目標に調整していた。合宿はケガをすることもなく、無事に終え、自分なりに手応えも感じていた。

 そうして9月3日、本番の日を迎えた。「全然蒸し暑くないですし、調子もいいので楽しみです」。レース前、茂木には余裕があった。

 ところがレースは3000m過ぎにトップグループから離れはじめ、最終的には13位に終わった。順調に夏季合宿を終え、全日本インカレで結果を出し、監督の信頼を得て出雲、全日本、そして箱根へ。そういういい流れを作りたかったが、現実は甘くはなかった。

「全日本インカレは相当悔しかったです。自分の想像と全然違って、もっと走れる自信があったので......。前期は本当に順調にきていて、夏季合宿もよく走れたんです。ただ、そのせいか気持ち的にちょっとフワッとしたところがあって、もっと緊張感をもってやらないと、と思っていたんです。全日本インカレで物足りない結果が出てハッとしましたね。もっとやれることがあるんじゃないかって。そこで前向きに考えることができたので、あれ以来、練習ですごくいい取り組みができています」

 妙高高原での選抜合宿、茂木はなんだか楽しそうだった。全日本インカレのショックなどまったく見せず、笑顔で練習に取り組んでいた。30km走の後、下田とふたりで100mの坂道ダッシュを3、4本繰り返す「流し」を行なった。流しは、股関節の可動域の向上や神経反射回路の改善などの効用があるが、速効性のあるものではなく、効果が出るまで3ヵ月から半年近く時間がかかるものだ。それを「きちぃ」と言いながらもこなし、軽くジョグして宿舎に戻る。そんな様子を見ていると今後への期待が膨らんだ。

「全日本インカレでは結果が出なかったですけど調子はいいですし、出雲(駅伝)は出たいです。一色、下田、(田村)和希は決まっていると思いますが、それ以外はみんな状態がいいので学内TT(タイムトライアル)の結果と監督の見定めですね(笑)。タイムだけじゃなく、いかに毎日を楽しく過ごせているかも重要です。ただ、基本は走れないとダメなので、まずは21日の学内TTで勝つこと。そこが一番重要ですね」

 茂木はそう言って表情を引き締めた。

 出雲駅伝のエントリー人数は10名。最終的には8名になる。本番に出走できるのは6名という狭き門だ。その切符を勝ち取るために妙高高原選抜合宿に参加した22名の競争に加え、チャレンジ組の選手との争いもある。そして、選ばれた選手は絶対に結果を出さなければならない。このプレッシャーの下での競争に勝たないと青学の襷(たすき)を担い、3大駅伝を制することができないのだ。アマチュアのカレッジスポーツでありながら、プロの世界と変わらない厳しさがそこにある。

 合宿最終日は400m12本、200m5本、トラックでのインターバル走で締めた。

「30kmのタイムは1時間44分34秒だったけど、秋には42分台でいける。チームとしてのベースが上がってきているし、下級生もそれにしっかり順応してくれている、4年生を中心に組織として強くなっているなぁと思います。ここまで1次、2次御嶽、3次妙高と順調に終えることができたのはよかった。特に2次、3次は選抜合宿で少人数でやったけど、トレーニングに集中できるので逆にいい効果を生んでいるかなと思いますね。昨年に負けないチームができつつあります」

 原監督は3度の夏季合宿をそう総括した。

 2016年の夏は終わった。

 すべての練習メニューを消化し、大きなケガ人も出ず、1年生が頑張るなどチームの底上げにつながった。その成果が9月21日の学内TTでどんな結果となって表れてくるのか。3大駅伝の1本目、出雲駅伝の出走メンバー6名の枠に入るのはいったい誰になるのだろうか。

佐藤 俊●文 text by Sato Shun