現在、インドで開かれているアジアU−16選手権で、U−16日本代表が準決勝進出を決め、来年のU−17W杯への出場権を獲得した。2年前の前回大会では準々決勝で敗退していた日本にとっては、この年代では2大会ぶりの世界大会出場となる。

 こうした若い選手のがんばりは、間違いなく日本サッカーの未来を明るく照らす。それは、Jリーグでも同じことだ。

 J1セカンドステージ第13節。年間勝ち点で首位に立つ川崎フロンターレが、横浜F・マリノスを3−2で下した試合では、ひとりの新鋭がハツラツとしたプレーで川崎の首位堅持に貢献した。

 1997年生まれの19歳、MF三好康児である。

 この日、先発メンバーのひとりとしてピッチに立った背番号26は、相手DFとMFの間、あるいはDFラインの背後のスペースで効果的な縦パスを引き出し、果敢な仕掛けからチャンスを作った。放ったシュートは3本。ひと回り以上も年上の先輩もいるなか、気後れする様子は一切なく、むしろ積極的にゴールへ向かう姿勢が目についた。

 そして、迎えた84分。ハイライトはやってきた。

 MF田坂祐介からのスルーパスを受け、DFラインの裏に抜け出した三好。シュートコースを切ろうと前に出てきた「GKの位置は見えていた」。小柄なレフティーは得意の左足で冷静にボールを浮かすと、シュートはGKの肩口を抜け、貴重な追加点(2点目)となるゴールが決まった。

 これで三好は今季3ゴール目。出場試合数も、プレー時間が短い途中出場がほとんどとはいえ、この試合を含めて13を数える。J1制覇を狙うハイレベルなチームにあって、19歳としては悪くない数字だ。

 いかにも負けん気の強そうな、きりっと引き締まった表情で、「19歳といっても、若いとは言っていられない。A代表を狙うくらいのつもりでやっている」と言い放つ三好は、今季積み上げてきた13試合の成果をこんな言葉で口にする。

「プレーに余裕が出てきて、いろいろな状況のなかで何をしていいか、何をしてはいけないかがわかってきた。試合でないと学べないことがある。もちろん、反省も出てくるが、まずは今日のように試合に出ること(が第一)だと思う」

 J1王者を狙う川崎にとって、年間勝ち点で首位を守ったことはもちろん重要だが、若手が結果を残すことは、それと同等以上の価値を持つ。川崎がたった一度だけの栄冠ではなく、長期的にタイトルを獲得し続けるクラブになるためには、新陳代謝が不可欠だからだ。

 三好はこの横浜FM戦で、自ら「自分のミスもあって、楽に勝てる試合をこういう形にしてしまった」と振り返ったように、致命的なミスも犯している。

 2−0から1点を返された後半ロスタイム。三好が後方に下げたバックパスを相手に奪われ、一時は同点に追いつかれるゴールを決められたのだ。

「足にきていたので、自分で前を向くより後ろに預けようと思ったが、判断がちょっとあそこは......」

 そう言って、より一層表情を険しくした三好は、「もっと自分に厳しくやっていかないと。失点に絡んでいたら、次に使ってもらえない」と自戒する。

 だが、10代では苦さも含めて経験だ。三好の言葉どおり、「試合でないと学べないこと」は確かにある。19歳の新鋭にとって、その瞬間にかいた冷や汗は無駄にはならない。その経験が三好を、そして川崎を強くする。

 未来を照らす若手が台頭してきているのは、川崎だけに限らない。この日の対戦相手、横浜FMもまた同じだ。

 横浜FMのエリク・モンバエルツ監督は、0−2の状況から、一時は2−2の同点に追いついた選手たちを称えると、交代出場した3選手(MF前田直輝・21歳、MF遠藤渓太・18歳、MF天野純・25歳)の名前を挙げ、こう話している。

「若い選手が試合経験を積むことが大切。クラブの未来は彼らのような若手にかかっている。もっともっと成長していってほしい」

 この試合、横浜FMの控えメンバーには遠藤の他、3人の10代選手が含まれていた。彼らもまた、横浜FMの未来を照らす人材だ。

 三好と同じ1997年生まれの遠藤は、「敵として対戦しているので、(三好に)点を取られたことは悔しい」と語りながらも、こう続ける。

「三好くんとは(U−19)代表では同じチーム。同年代の選手が活躍していることは、自分にとっても刺激になる」

 30代後半のベテラン選手が、衰えぬ力を発揮し、観客をうならせるJリーグ。それはそれで悪くない現象だが、その魅力だけによりかかっていては将来的な発展は期待できない。Jリーグばかりでなく、日本代表にとってもマイナスである。

 この試合のように、まだまだ粗削りであろうと、少々ミスが出ようと、若い選手が臆することなくピッチ上を走り回る。そんなゲームが増えることがJリーグを盛り上げ、ひいては日本代表を強くすることにもつながるはずである。

浅田真樹●文 text by Asada Masaki