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米宇宙企業スペースXは9月27日(日本時間)、開発中の新型ロケット・エンジン「ラプター」の、初の燃焼試験を実施したと発表した。ラプターは、同社が計画している惑星間飛行用の巨大宇宙船を打ち上げるためのエンジンで、「フル・フロウ二段燃焼サイクル」と呼ばれる最高の効率が得られる仕組みを採用している。

試験は9月25日(現地時間)に、テキサス州マクレガーにある同社の試験施設で実施されたという。メタン特有の青白い色の燃焼ガス炎が噴射している様子がわかる。

スペースXのイーロン・マスクCEOは9月28日に、火星などの太陽系の星々に人類が移住する計画について発表することになっており、このラプターを使った巨大ロケットや宇宙船の姿形や概要なども明らかになることが予想されている。同エンジンの燃焼試験が始まったことで、発表への期待も高まっている。

○人類を火星へ連れて行くエンジン

スペースXでは、2020年代の人類の火星移住開始を目指し、「MCT」(Mars Colonial Transporter、直訳で「火星移民船」)と呼ばれる宇宙船の開発を進めている。なお、マスク氏は「MCTは火星以外へも行けるため、別の名前が必要だ」と語っており、この名前は変わるかもしれない。

MCTの詳細はまだ明らかにされていないが、100トンもの物資や人を火星へ送り込める能力をもつといわれており、それが事実であれば、これまでに開発された宇宙船をはるかに超える巨大な機体になる。

現在スペースXは、大型の人工衛星や宇宙船を打ち上げられる「ファルコン9」ロケットを運用しており、さらにファルコン9を3基束ねるようにして、より巨大な衛星の打ち上げも可能する「ファルコン・ヘヴィ」ロケットの開発も進めている。2018年には、無人の「ドラゴン2」宇宙船を火星に飛ばす試験も行われる予定となっている。

しかし、たとえファルコン・ヘヴィでも、MCTほどの巨大な宇宙船を打ち上げるには能力がまったく足らない。そこで、MCTを打ち上げるための巨大ロケットも併せて開発される。このロケットは現在、「Big Fucking Rocket」などといった名前で呼ばれている(あくまでマスク氏が個人的に付けた仮称である)。そしてこの巨大ロケットを飛ばすための強力なロケット・エンジン、それが「ラプター」である。

ラプターは液体酸素とメタンを推進剤とする。メタンは理論上、ケロシンよりも高い性能が得られ、低コストであるため開発や運用がしやすい。また、爆発などの危険性が低いため運用性や安全性が高く、さらにススが発生しないためエンジンの再使用もしやすいといった特長をもつ。

また、ラプターはMCTにも搭載される予定となっている。MCTにとって魅力的なのは、燃料のメタンが火星で手に入るということだろう。

火星まで行って帰って来ようとすると、帰還用の推進剤をどうするかが問題になる。地球からの打ち上げ時に一緒に持っていこうとすると、ロケットも宇宙船も途方もなく大きくなってしまうためである。

そこでまず、大量の水素を積んだ無人の宇宙船を先に火星へ送り込み、その水素と、火星にある二酸化炭素とを反応させて酸素とメタンを生成する。その後、人が乗った宇宙船を着陸させ、生成した酸素で生活するとともに、メタンを帰還用の燃料として使用することで、地球から打ち上げなければならない物資の量を大きく抑えることができる。このアイディアは1990年に、米国の科学者ロバート・ズブリン氏が発表した「マーズ・ダイレクト」構想のなかで示されたもので、実際に有人火星探査を行う際の有力な方法のひとつとして、現在も検討が続いている。つまりメタン・エンジンが実用化されれば、マーズ・ダイレクト方式による有人火星飛行が可能になる。

そしてラプターの最大の特長は、「フル・フロウ二段燃焼サイクル」と呼ばれる、複雑ながら最高の効率が得られる仕組みを採用しているところにある。

○フル・フロウ二段燃焼サイクル

液体推進剤を使うロケット・エンジンの多くは、ターボ・ポンプという強力なポンプを使って、推進剤をタンクから燃焼室へと送り込み、そこで燃焼させ、発生したガスを噴射して推力を発生させている。ターボ・ポンプは、ガスを使ってタービンを回すことで駆動させるが、どのような仕組みでそのガスを発生させるのか、またタービンを回した後のガスをどう処理するかで、液体ロケットの仕組みは大別される。

その仕組みのひとつである「ガス・ジェネレイター・サイクル」は、燃料と酸化剤の一部をプリ・バーナーと呼ばれる小さな燃焼室で燃やし、その燃焼ガスでタービンを回す。その後ガスはそのまま排気管から外へ捨てられる。エンジンの各部にかかる圧力や温度が低くでき、開発や製造が比較的容易である一方、圧力や温度が低いことや、プリ・バーナーを駆動したガスを捨ててしまうことから、性能は落ちる。

もうひとつの代表的な仕組みである「二段燃焼サイクル」は、まずプリ・バーナーに、燃料すべてと酸化剤の一部、もしくは酸化剤すべてと燃料の一部を送り込んで燃やし、生成された高温高圧の不完全燃焼ガスでタービンを回してターボ・ポンプを動かし、それによって推進剤を燃焼室に送り込むと同時に、タービンを回したガスも燃焼室に送り込んで燃焼させる。推進剤をプリ・バーナーと燃焼室の二段階で完全に燃焼させることから、二段燃焼(Staged Combustion)という名が付けられた。

また、二段燃焼サイクルには、「燃料リッチ」と「酸化剤リッチ」という種類がある。リッチというのは、プリ・バーナーの燃焼によって生成されたタービン駆動用ガスに、燃料か酸化剤のどちらかが多く含まれているということを指している。

リッチにしなければならない理由は、タービン駆動用ガスの温度が上がりすぎないように抑える必要があるためである。もし、燃料と酸化剤を最適な比率で燃やしたとすると、配管などの金属部品が耐えられないほど燃焼ガスが高温になってしまう。一部の部品だけであれば、その周囲に推進剤を流すなどして冷却することができるが、エンジン全体を取り巻く配管や、とくに回転するタービンなどの部品は簡単に冷却ができない。そこで、酸化剤か燃料かを多めに足して燃やし、わざと不完全燃焼の状態にすることで、タービン駆動用ガスの温度を下げているのである。

この仕組みは、推進剤をいっさい無駄にすることなく噴射に使えるため、性能の良いエンジンにできるという長所がある。しかしその反面、エンジンの構造が複雑になり、また各所にかかる圧力や温度が厳しく、どこかで不調が起きると途端に爆発する可能性もあり、さらにエンジン始動のタイミングの制御も難しいなど、製造や運用が難しいという短所もある。

現代の液体ロケットの多くは、このガス・ジェネレイター・サイクルと二段燃焼サイクルのどちらかを採用している。しかし、二段燃焼サイクルよりもうひとつ上の、さらに高い効率が見込める仕組みがある。それがフル・フロウ二段燃焼サイクルである。

通常の二段燃焼サイクルでは、プリ・バーナーに燃料すべてと酸化剤の一部、もしくは酸化剤すべてと燃料の一部を送り込んで燃やし、燃料リッチや酸化剤リッチのガスでターボ・ポンプを動かしている。一方、フル・フロウ二段燃焼サイクルでは、プリ・バーナーを燃料側と酸化剤側でそれぞれひとつずつもち、燃料リッチのガスで燃料のターボ・ポンプを、酸化剤リッチのガスで酸化剤のターボ・ポンプをそれぞれ動かし、両方のガスを燃焼室へ送り込んで燃やす。通常の二段燃焼サイクルよりも複雑な仕組みで、開発や運用は難しく、エンジンも重くなるが、それを補って余りあるほど多くの利点がある。

まず推進剤の全量がタービンを回してターボ・ポンプを動かすことになるため、より低い温度、圧力でタービンを回すことが可能になる。これはエンジンの耐久性や信頼性の向上につながる。また、それぞれのタービンを回した燃料リッチ、酸化剤リッチのガス同士が燃焼室で燃えることになるため、液体状態の推進剤同士、あるいは液体とガスの推進剤を混ぜて燃やすほかのサイクルと比べ、効率良く燃やすことができる。

さらに、通常の二段燃焼サイクルでは、プリ・バーナーとタービンはひとつでそれぞれのターボ・ポンプを動かすか、あるいはプリ・バーナーとタービンは2つあるものの、燃料リッチか酸化剤リッチのどちらかのガスのみで動かしているが、この場合タービン部分で燃料と酸化剤が隣接しているため、万が一両者が触れあって爆発しないよう、密閉する必要がある。しかしタービンは回転する部品であるうえに、高温・高圧の状態でもあるため、密閉には難しい技術を必要とする。しかしフル・フロウ二段燃焼サイクルであれば、燃料リッチのガスは酸化剤ターボ・ポンプに近づかず、一方の酸化剤リッチのガスも燃料ターボ・ポンプに近づかないため、この部分での密閉の必要がなくなる。

こうしたことから、フル・フロウ二段燃焼サイクルは「高性能かつ安全」という大きな利点がある。しかしその複雑さゆえに、これまでに実用化に成功した国はない。ソヴィエト連邦では1960年代に、「RD-270」という非対称ジメチルヒドラジンと四酸化二窒素を使うエンジンが開発されていたが、実際に飛行することなく中止された。米国でも1990年代から2000年代前半にかけ、「IPD」(Integrated Powerhead Demonstrator)という、液体酸素と液体水素を使うエンジンの開発が行われたが、こちらも実用化されることはなかった。

○すべては9月28日の未明に明らかに

ラプターの開発は2009年に、スペースXの幹部の発言から公になったが、このときは液体酸素と液体水素を使うエンジンとされており、その後2012年ごろにメタンを使うエンジンという方向性が示された。しかしスペースXは、ラプターに関する情報をあまり積極的には出さず、秘密裏に開発が続けられた。2016年1月には、同社と米空軍とのあいだで、ロケットの上段向けとしてラプターを開発する契約が結ばれ、3360万ドルの資金援助が行われている。

ラプターの推力は3MN、比推力は382秒(ともに真空中)で、とくに推力はファルコン9などに使用されている「マーリン1D」エンジンの3倍も大きいが、燃焼室の圧力は30MPaと高く、そのおかげでエンジンの寸法はマーリン1Dとほぼ同じだという。

これらの性能の値はずば抜けて高いというわけではないが、今後の開発によって性能向上が図られる可能性はあり(実際このスペックは、以前公開されていたものより高い)、またフル・フロウ二段燃焼サイクルの効率の良さは、ロケット全体の効率に寄与するため、複雑な技術に挑戦する意義が損なわれるわけではない。

ラプターが実用化されれば、世界で初めてフル・フロウ二段燃焼サイクルのエンジンが宇宙へ飛ぶことになり、宇宙開発史に大きな1ページを刻むことになろう。しかし、多くの人は過去よりも未来の話、つまりラプターを使ったMCTやロケットがどのような機体になるのかが気になるところだろう。

現時点で、MCTやロケットに関してわかっていることはほとんどない。前述した「火星に100トンの物資や人を送り込める」といった情報以外にも、機体の直径は10mであるとか、一度に100人の人間を火星へ送り込めるとか、1人あたりの旅費は50万ドルになるとか、さまざまな情報や噂が飛び交っているが、今のところはほとんどわかっていないというのが実際である。

しかし、その謎ももうすぐ明らかになる。マスク氏は9月28日に、メキシコで開催される国際宇宙会議(International Astronautical Congress)において『Making Humans a Multiplanetary Species』と題した講演を行うことになっている。このなかで、同氏とスペースXが考える、火星を含めた太陽系のさまざまな天体への人類移住計画や、MCTやロケットの詳細について明らかになるという。

講演は日本時間9月28日3時30分(現地時間9月27日13時30分)に開始予定。その模様はスペースXのWebサイトなどを通じて生中継される。

はたしてMCTはどんな宇宙船なのか、そして私たちが生きているあいだに火星へ行ける時代は来るのかと、やきもきする毎日はまもなく終わり、実現の日を指折り数える毎日がやってくるだろう。

<イーロン・マスク氏による講演『Making Humans a Multiplanetary Species』は、こちらの動画で日本時間9月28日3時30分よりスタート予定>

【参考】
・Elon Muskさんのツイート: "Production Raptor goal is specific impulse of 382 seconds and thrust of 3 MN (~310 metric tons) at 300 bar"
 
・Plenary Programme | Iaf
 
・SpaceX advances drive for Mars rocket via Raptor power | NASASpaceFlight.com
 
・Raptor; why make it Staged Combustion?:spacex
 
・Mars | SpaceX
 

(鳥嶋真也)