咬傷だらけのファミリーと傷心のキング

わんぱぱとの出会い(詳しくは前回を参照)によって、キングと真正面から向き合う決意をした飼い主さんご家族。
僕がなぜこのキングのことが忘れられないのかというと、これまで数多のご依頼人と出会ってきましたが、ここまで犬のために変わった方は数えられるほどだからです。

キングの飼い主さんに限らず、もちろん殆どの方が僕に共感して頂いて変わろうとされますし、ご自分と闘われます。
でもその後、望んでいた成果が見え始めると、そこからは僕の手が離れて飼い主さんに委ねることになります。
常日頃、生活を共にするのですから『愛犬の最良のトレーナーは飼い主さん!』なんですね。
そういう意味では、どこまでいっても僕の力なんて微力です。
キングファミリーとはキングが虹の橋を渡るまでの、足かけ7年間携わらせて頂きました。

キングファミリーに見られる『パワーギャップ現象』

僕の経験上、稀に「犬と飼い主のパワーバランスの差」が激しい時があるのですが、これを『パワーギャップ現象』と言い、犬のエネルギーが飼い主さんのエネルギーより圧倒的に強い場合を指します。
これは、例え相手がチワワや小型犬でも見て取れます。

一般的なケースではお互い拮抗しているので、飼い主さんが優位に立てるトレーニングをすれば解決します。
しかし犬のエネルギーが強すぎる時、飼い主さんがいくら頑張っても犬に圧倒されてしまうのです。
これは解決するどころか飼い主さんの方が悩み、それこそ軽い鬱になってしまったり、精神的に参ってしまい、そうなるともう「犬の下僕」です。
この典型例がキングファミリーだったんですね。

キングの放つエネルギーは俗に言う「アルファパワー」つまり生粋のリーダーの器なんです。
初対面の時の印象はその名の通り、正に「王者の風格」でしたから。

とその前に顔面流血事件の真相は!

訪問トレーニングも2ヶ月を過ぎたある夜。
その日ご主人は出張でご不在で、お子さんはもう就寝されていたとのことでした。

お風呂に入って、リビングでテレビを見ながら晩酌も済ませ、もう寝ようかとふとキングに目をやると、キングがケージの中からジーッと奥様を見ていたそうです。

元々キングを可愛がりベタベタだった奥様。
(トレーニングを始めて最近おとなしいし、前みたいにちょっと出してみようかな♪)と思って「キング♪出ておいで♪」と扉を開けてみると、キングは何事もなく穏やかに出て来たんだそうです。
そしてしばらくぶりに、ソファーで寄り添ってテレビを見ていたそうです。

そうこうしているうちに昔を思い出し、急にキングを抱っこしようとして、正面に向き合い両脇に手を入れ「キング〜♪」と顔を近づけたその時!
「グルル〜!ガウガウ!ガウガウ!」
キングのスイッチが入ってしまったのです。

「え?」

一瞬の出来事で何が起こったか解らず、気づいた時には目の前に牙を剥くキングの顔が見えたそうです。
すると急に顔が熱くなり激痛が走りました。

キングをパッと離して顔に触れると手が真っ赤に!
「え?え?…。血?痛い…。ギャアァァァァ!」
もうパニックです。
白いTシャツにポタポタと血が滴り落ち、慌ててテーブルの上にあったティッシュで押さえ、
「どうしよう?どうしよう?どうしよう?」
と、わずか数分間が数時間に感じたそうです。

(とにかく手当てしないと…。キングはどこ?…。そこにいるのね。主人は直ぐに帰ってこれない。子供を呼んで危険なことになったらどうしよう?救急車呼ばなくちゃ。…。そうだ!わんぱぱさんだ!わんぱぱさんに電話しよう!)

とっさに駆け巡る思いの中、僕にSOSをくれたそうです。
そんな状態でも健気にキングのことを守ろうと思われたんでしょうね。
僕が駆けつけてしばらくして、騒ぎで目が覚めたのか、お子さんも2階から降りて来ました。
「え?ママ?…。」
いきなりそんな光景を目の当たりにしたので、呆然と立ち尽くすしかなく、僕も「大丈夫だよ」と声を掛けることしかできませんでした。

傷は深く、顔を30針近く縫うほどでした。
救急車に乗り込む時、飼い主さんがうわ言のように、
「…。キングを…。ごめんねキング…。…。」
と繰り返していました。
「大丈夫ですよ。キングは僕に任せて下さい。心配要りませんよ!ご主人には僕から連絡します。安心して下さい。」
「…。」
搬送された後、ご主人に連絡を取り、僕はキングをケージに入れ連れ帰りました。

さぁ!レスキューです!

キングには

もはや訪問で対処できるレベルではなかったので、飼い主さんに承諾を頂き、キングをその日に自宅に連れ帰りました。
そして約1ヵ月間、僕の群れでキングにゆっくりと穏やかにリハビリを施し、犬本来の状態に戻します。

最初はケージから出ようとせず、餌も水も口にしない日が2日ほど続いたでしょうか。
そんな状態ですので、散歩も拒否します。
こういう時はこちらから手を差し出すべきではなく、キングが「自らの一歩」を踏み出すまで待つ必要があります。
ここで、食べないからといって心配したり構うことによってキングの自尊心と僕との信頼関係が築きにくくなるのです。
もちろんこのまま衰弱する子もいますが、キングは「群れに興味」を示していました。
だからキングのケージの前でも普通に犬達が行き来し、餌を食べ、遊び、ケージを覗き込んでいましたね。
当時、僕の群れにはトイプーの花子とチビ、そして白ラブのリックの3匹の犬がいました。
そして、僕の群れの子達は穏やかなエネルギーしか出しません。
これがリハビリとしてキングを招き入れた最大の理由でした。

3日を過ぎたあたりでしょうか、余程空腹だったのでしょう。
ケージの中で餌を一気に平らげました。
(よしよし♪あと少しかな♪)
その日、ケージの扉を開け放ちました。
僕の群れの子達は悪いエネルギーを出す犬に反応します。
自然の摂理、群れを成す上で僕がそういう規律を作りました。
「君達の仲間だ。仲良くやれよ!」というエネルギーを理解してくれています。
するとキングは静かにケージから出て犬族の礼儀作法、お尻の匂いを嗅ぎ合い、鼻同士をツンツン合わせる行為を示し、ごく自然に群れに加わって来たのです。
(さぞかし緊張しただろうに、やるな〜キング♪さすが堂々とした振る舞い!)
その日から穏やかな群れの暮らしが始まりました。
みんなで散歩したり、各々好きな場所で寛ぎ、戯れ、たまに小競り合いをし、僕が訪問に行く時に同行させたりしてあっという間に1ヶ月が過ぎていったのです。

飼い主さんには

キングがいない間にやらなければならないことがありました。
1週間ご家族水入らずで、平穏な生活を過ごして頂きました。

step1

先ず最初に取り掛かったのは「キングに対する恐怖心」を和らげることです。
強く咬まれた経験のある方はお解りかと思いますが、深層心理の中に「危険回避や恐怖心」が芽生えてしまいます。
よく子供の頃の体験で「犬が嫌い。犬が苦手。犬が怖い」となるの原因の一つです。
しかし、これは犬と暮らす上で非常に厄介な心理状態なのです。
ぬぐい去る事は困難ですが和らげることは可能です。
穏やかな犬と接してもらうことで改善に向かうので、うちの子たちを連れていきお世話してもらいます。

step2

ここで重要なのがイメージトレーニング。
キングと過ごした楽しい時の思い出を呼び起こし、今ここにキングが存在するイメージをしてもらいます。
時折、うちの子を使って接し方を反復練習しました。
人間側の負のエネルギーを極力出さないためにも過去の悪いイメージは払拭し、ポジティブシンキングにする必要があります。

step3

最後に座学として、犬の本質について徹底的にレクチャーさせて頂きました。
特に犬が嫌うこと、例えば擬人化であったり、過干渉であったり、欲求不満であったりを一からやり直しましたね。
まるでドッグトレーナー研修でしたね。

キングと再会の日

その日は快晴でした。
こころなしかキングは朝からソワソワしています。
やはり僕の気配を感じ取っているのです。

出発前に飼い主さんに連絡を入れました。

「おはようございます!さぁ準備はいいですね♪皆さん緊張してはいけませんよ。今までイメージトレーニングしてきた楽しい再会を体現しましょう。キングはとても穏やかです。決して興奮気味の甲高い声はダメですよ。穏やかな優しい声で迎えて下さい。後は笑顔です!笑顔♪」
「はい!分かりました。お待ちしてます!」
(お!いい感じやん♪)

ケージに入ったキングも自宅が近づくにつれ、車窓から注ぐ風を懐かしいそうにクンクン嗅いでいます。
ビーグル犬の嗅覚も凄いですからね、匂いで自分の家が近い事がわかったのだと思います。
そして到着するとキュンキュン鼻鳴きしだしました。
「着いたぞキング♪」
しっぽがケージの中でバタバタ暴れています。
「キング。お前の居場所に帰ってきたな♪」
そう言ってケージの扉を開け、リードを装着しました。
車を降りると玄関先にて、ご家族全員でお出迎えされていました。
すぐに気付いたキングは、逸る感情を抑えきれずに車から飛び降りました。

「行け!キング!」

と言うより先に飼い主さんのもとに駆け寄るキング。
そしてあまり興奮しないキングが飼い主さんにまとわりつき、ペロペロペロペロ顔を舐め回します。
「お帰りキング♪頑張ったね。」
それを見た僕は(すごいな。たいしたもんだ。1ヶ月前とは別人だな。)
そして飼い主さんに「どうですかキングは?」と尋ねると「はい♪相変わらず可愛いです♪」
(そんなこと聞いてるんじゃねぇーし。…ま、いいか♪)
さぁ!飼い主さん!リスタートですよ。

さいごに

それから約7年間、キングと飼い主さんの間には大きな事故はありませんでした。
飼い主さんも気になることがあれば相談の連絡をくれましたし、僕が様子を見に行くこともありました。
今思えば、飼い主さんが本気で変わってくれたおかげでキングも楽しく幸せな犬生を過ごせたと思います。

そしてキングとの出会いから7年経ったある日、飼い主さんから電話がありました。
「今日、キングが虹の橋を渡りました。いろいろありましたが本当にありがとうございました」
「…。そうですか…。先日キングに会いに行っておいて良かったです。キングは本当に幸せでしたね。ご家族には本当に感謝していると思いますよ。こちらこそありがとうございました」
「はい…。この無数の腕や体の傷は私とキングとの絆であり、あの子の生きた証です。この傷を見ているとあの子を忘れることは一生ないでしょう。キングを助けて頂いてありがとうございました」
「とんでもありません。僕はきっかけを作ったに過ぎませんよ。ご家族の愛情は本物でした。」
「ありがとうございます…。」

キング亡き後、保護犬を新しいパートナーとして迎え入れられ、今も楽しく暮らしておられます。
今はもう僕の必要性は全くありません。

嬉しいことに、たくさんの方々にお読み頂いたドッグレスキューシリーズですが今回をもって最終話とさせて頂きます。

最後になりましたが読者の皆様、拙い僕の記事にお時間を割いてお付き合い下さり本当にありがとうございました。
感謝の気持ちでいっぱいです。
まだまだ勉強中ではありますが、また新しい形で投稿をさせて頂きたいと考えております。
その時はまた是非ご覧くださいませ。。
まぁ今まで通り連載以外にも投稿はさせて頂きますけどね♪

これからも皆様が、末永くワンコたちと楽しいドッグライフを過ごせますよう願って止みません。
本当にありがとうございました。
ではまた♪

わんぱぱ《今日の格言》悩める愛犬家の皆さん!犬の責任ではありません。あなたの責任です。犬が変わるのを待っても無駄です。まずあなたが変わりましょう!

活路は必ずそこから見えてきますよ!