キャロライン・シフさんは料理学校にまったく通うことなく、小さなレストランのアルバイトや無給の見習いなどを経て食品業界へ。彼女は、マンハッタンの高級レストランでフルタイムの仕事が見つかるまで、近所のチーズショップで働いて生計を立てていたのだとか。それから10年、シフさんは今や、ワインバーやカフェ、精肉店やチーズショップ、ベーカリーやアイスクリームショップを経営する「The Greene Grape」の製菓部門エグゼクティヴシェフに。現在30歳のシフさんが、トップに立つ上での挑戦や、先輩から受けた影響、そしてスイーツ作りの素晴らしさについて、コスモポリタン アメリカ版に語っています。

女性の上司の下で働いたのは、大きなことでした。ビジネスを成功させ、人々を的確に動かし、料理をする2人の女性の姿を見て、自分にもできると思えたのです。

「子どもの頃からずっと大の甘党でした。母とパン屋さんの前を通ると、どうしても入りたくなるんです。私が一からすべて作った最初のお菓子は、くまのプーさんの料理本に載っていたショートブレッドのタルト生地を使うレモンケーキでした。今でもお気に入りのレシピの1つです。

私の家族は外食が好きで、旅行もたくさんしました。世界中を見ているうちに、留学したくなり、スコットランドのセント・アンドルーズ大学でフランス語の学位を取りました。これからどういう方向に進むのか、その頃はわかりませんでしたが、一般教養が役に立つだろうと思っていました。

大学3年の頃、さらにフランスのグルノーブル大学に留学しました。毎日授業に通うとき、小さなチョコレート屋さんを通りかかりました。ショコラティエがチョコレートを絞ったり、チョコレートでエッフェル塔を作るのを見ながら、胸がワクワクしましたし、これはアートだと思いました」

「4年生になり、友達を呼んでディナーパーティをするようになりました。最初のデコレーション・ケーキは友達の誕生日のために作ったんです。あんまりうまくできたので私も興奮したけど、友達もずっと『これ、すごすぎ』って言い続けていました。

2007年に卒業すると、ニューヨークに戻って派遣社員に。ファッションにずっと興味があったので、ファッションかマーケティング業界に行こうと思いましたが、心の底ではどちらもあまりやりたくありませんでした。本当は、毎日料理がしたかったんです。お菓子を焼きたかったし、ディナーパーティをしたかった。でも、レストラン業界(特にニューヨークの)は近寄りがたいと思っていました。そんなある日、私のルームメイトがこう言ったんです。『あなたって本当に料理が好きだし、上手なんだから、仕事にすればいいじゃない?』って」

「そこから、ネットで料理の仕事を探しました。経験がないので、履歴書も添えませんでした。その代わりに、『私は真の食べ物好きです。必ずいい働き手になります!』という、情熱的だけどあいまいな言葉を添えました。すると、1人の女性シェフが電話をくれました。彼女は『The Good Fork』という、ブルックリンの素晴らしい小さなレストランで働いている人でした。私は無給で見習いになるというお誘いを受けました。これは食品業界に足を踏み入れるための絶好のチャンスでしたが、生活費を稼ぐ必要がありました。結局、週に3日間働いて残りの日は別の仕事をするということにしてもらいました。

私がお菓子と同じぐらい好きな食べ物は、チーズです。私が住んでいるブルックリンの近所にチーズ売り場が入っている『The Greene Grape』という小さなお店があります。私はある日店に行き、マネージャーと話をさせて欲しいと頼みました。そしてこう言いました。『あまり経験はありませんが、チーズのことはよく知っていますし、食べ物に対する思いは誰にも負けません』。お店は私のようなただのグルメ好きにチャンスを与えてくれて、トレーニングなしでチーズ売り場担当のアルバイトをさせてもらえることになりました」

「レストランでは、私は見習いとしてコックさんの指示に従い、雑用の仕事をしました。例えば、タマネギをみじん切りにするとか、ビーツをむくとか、チーズの包装を解いてまたきちんと包み直すとか。少しずつ、生パスタの作り方など、新しいことも学習するようになりました。一番下っ端の有給のコックのポジションをもらうまで4カ月ほど見習いをしました。その時点で、チーズショップは辞めました。

フルタイムのコックとして最初の晩、私が伝票をなくしたため、あるテーブルにはいつまで経っても料理が運ばれませんでした。前菜がお客さんのテーブルに出るまで45分もかかってしまい、私は本当に参りました。もうクビだ、と思って…」

「翌日、シェフは私に対してとてもやさしく言いました。『そうね、昨夜はちょっと大変だったけど、オーダーをよく見て、心配しすぎないことね。そうすれば、自分が何をすればいいかわかるわ』。ニューヨークにはたくさんの厨房があり、何か間違えれば怒鳴り声が飛んでくることも珍しくありません。私はこんなに教育的な環境にいられて、本当にラッキーでした。私の上司はこの業界に疎い、若いコックである私を励ましてくれました。彼女は私を自分の家に呼んで、ここに来るまでの経緯などを、ゆっくりと聞いてくれました。私のために他のシェフを引き合わせてくれたこともあります。彼女は私が前に、そして上に進めるよう、手を尽くしてくれました。

『The Good Fork』と『The Greene Grape』の両方で、女性の上司の下で働けたのは、大きなことでした。ビジネスを成功させ、人々を的確に動かし、料理をする2人の女性の姿を見て、自分にもできると思えたのです。食品業界には(他の多くの業界も同様ですが)性差別が存在します。でも、自分がそういう環境で働かずに済んだのは幸いでした。過去10年の間に、以前よりずっと多くの女性が厨房に入ってくるようになりました。とても嬉しいことです」

「私はThe Good Forkで徐々に力をつけていきました。2年経つと、オーナーが私にこう言いました。『あなたの将来について話し合いましょう。ずっとここにいるわけにはいかないんだから』。たしかに大きなお店ではなかったので、進むべき道の選択肢があまりありませんでした。第一、パティシエがいなかったんです。まだ高級レストランでデザートを出すことには気後れがありましたが、自分がパティシエとして働きたいのはわかっていました。上司は、『橋を渡ってマンハッタンに行って、オシャレなレストランで全力を出して学んでらっしゃい』と言いました。

シェフの世界は狭いので、皆互いによく知っています。彼女は色々な厨房で私のためのジョブ・トライアルを準備してくれました。仕事がもらえるかどうかはすぐにわかります。1日働いてみれば、決まるのです。

その次の週、高級レストラン『Caffe Falai』のパティシエの仕事をもらいました。すべてが完璧でなくてはならない高級レストランでの仕事は、私の腕を上げてくれました。でも半年後、オーナーがお店を閉めることを決めたので、私は友人がコックとして働いている『Mas』という農家型レストランで働くことにしました。オーナーが新しい支店をオープンするので、私はそのパティシエの下で働くことになったのです。1年後、彼女が他の店に移ったとき、私が製菓部門のエグゼクティヴシェフに抜擢されました。

そのとき私は27歳でしたが、まったく思いがけず"上司"になったのでした。一番難しかったのは、他の人に仕事をさせながら、間違いも受け入れることでした。シェフというのは支配欲が強くて、完璧主義なんです。でも、部下が自分で学ぶようにしないと、彼らを本当に信頼することはできなくなります。その葛藤をどう処理するかが、精神的に一番難しかったです」

「レストランシェフとして7年働くと、以前に増して、ケーキ屋さんで働くことについて考えるようになりました。私はお皿に盛りつけた、美しいデザートを作ることができましたが、最高のチョコレートチップクッキーやスコーンなど、人々が毎日買いに来るようなお菓子を作ることができるのか、試してみたかったのです。

仕事に疲れていたのもあります。レストランで働くと、終わるのは毎日夜中の1時で、休みもありません。周囲は皆協力的だけれど、家族や友人はもっと私と時間をとりたかったはずです」

「自分でケーキ屋さんを始めようかと真剣に考えましたが、ケーキは作れるものの、経営には自信がありませんでした。そこで2016年の春、あるレストランに連絡をとりました。次はケータリングやコンサルティングをしようと思ったのです。同じ頃、ブルックリンのチーズショップ『The Greene Grape』の上司からメールが届きました。会社は今や3つの支店を持ち、彼女が営業部長になったそうです。そして、4つめとして、1年中アイスクリームとお菓子を提供する店を出したいのだが、誰かシェフを知らないかという内容でした。私は1〜2週間考えた末、これこそ私が探していたものじゃないかと気づきました。かつての上司には『私も興味があります』と返事をしました」

「会社は私をこの店のエグゼクティヴシェフにしてくれました。私はアイスクリームサンデーやケーキ、パイ、クッキー、チョコレート、スコーンなどを売ることで、会社をさらに成長させることになるでしょう。私は会社全体の製菓部門のエグゼクティヴシェフにも抜擢され、デザートメニュー(やレシピ)を考案したり、パティシエたちの監督をしたり、自分でもたくさんのデザートを作ることになりました。これは今まで負った中で一番重い責任でした」

「オープニングが近づくにつれ、私は色々と不安になり始めました。何か注文し忘れているものがあるんじゃないかしら? お客さんが誰も来なかったら? または来すぎたら?

でも、いざ始まると、すべてが少しずつ動き出しました。私がインスタグラムを使ってケーキの宣伝をすると、『この投稿写真のケーキが欲しいんですけど』とおっしゃるお客さんが来るようになりました。今では、お気に入りのチョコレートチップクッキーやアイスクリームを買いに毎日やって来る常連さんもできました。レストランではないので、忙しい日でも9時か、遅くとも10時には帰れるようになりました。普段は7時には家にいて、マラソンに出かけます。

これからもっと成長して、ビジネスを拡大したいと思っています。まだまだやることがたくさんあります。私は料理学校に通った素晴らしいシェフも、そうでないシェフも大勢知っています。医者になりたければ医学部に行きますし、弁護士になるには司法試験に合格しなければなりません。でも、シェフになるには、ただレストランで働き、そこで学べばいいのです」

※この翻訳は抄訳です。

Translation:mayuko akimoto

COSMOPOLITAN US