早すぎた黒人女優?黒いモンロー“D・ダンドリッジ”のSEXYな美貌と歌声

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近年アメリカでは、ビヨンセ、リアーナ、アリシア・キーズなど、褐色の肌がSEXYなスター達が、その抜群のスタイルと才能で世界中の人々を魅了していますが、かつて、黒人女性はいかに美しく才能に溢れていてもなかなかスポットライトが当たらない時代があったようです。

2002年、ハル・ベリーが黒人女優として初めてアカデミー賞主演女優賞を授賞した時、感謝の言葉とともに尊敬する先輩黒人女優として名前をあげたのが、“早すぎた黒人女優”と呼ばれるドロシー・ダンドリッジです。今回はそんな、1922年生まれの、今から94年前に誕生したキュートでSEXYな美女の魅力と、いろいろな意味で“早すぎた”人生を、ご紹介したいと思います。

(https://twitter.com/donniscollins/status/774051562360479744)

ドロシー・ダンドリッジは1922年オハイオ州のクリーブランドで生まれました。キャリアの始まりは、教会で歌うこと……と聞くと、ダイアナ・ロスやビヨンセをはじめとする後の黒人スターに通ずるものを感じます。

(https://www.youtube.com/watch?v=oeM69ZMKrao)

黒人美女というと、思わず女豹のようなSEXYスタイルの、ワイルド系クールビューティーを思い浮かべがちですが、ドロシーは、東洋人にも人気が出そうなフェミニンで甘い顔立ち。“黒いマリリンモンロー”とも呼ばれる可愛い女性でした。加えて、そのボディラインは、褐色の肌の魅力を最大限に発揮する柔らかく豊満な曲線を描いています。■ この記事の完全版(全画像・動画付き)を見る

(https://twitter.com/clandro/status/773845414147657728)

1930年代後半に、女優としての活動を始めたドロシー。1937年には、実姉とエッタ・ジョーンズと3人で“ダンドリッジ・シスターズ”を結成し歌手デビュー。『コットンクラブ』などに出演して腕を磨きます。やがてドロシーの美貌はスカウトマン達の目を引き、ソロとして引き抜かれます。黒人歌手グループで美少女だけ重用される……映画『ドリームガールズ』などでもお馴染みの、アルアル展開にも思えます。

(https://twitter.com/senatorharts/status/772864937261662208)

当時は、まだトイレやプールすら人種別に分けられていたほど、差別が激しい時代。ハリウッドでの有色人種女優の活躍は夢のような話しでした……。しかしドロシーは、1954年、オットー・ プレミンジャー監督が黒人だけを起用した異色のミュージカル『カルメン』でヒロインに大抜擢されます。結果、彼女の情熱的な演技は評判を呼び、人種差別が色濃く残る50年代に、人気雑誌『ライフ』の表紙を飾り、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされます。

(https://twitter.com/philippe_rouyer/status/746590675815239682)

ちなみに、この年にノミネートされた他のメンバーはグレース・ケリー、オードリー・ヘプバーン、ジュディ・ガーランド 、ジェーン・ワイマン(ロナルド・レーガンの最初の妻)と錚々たる顔ぶれでした。結果、グレース・ケリーがオスカーを手にしますが、時代が時代なだけに、人種差別意識の影響が皆無だったとは思い難いです。

その後もドロシーは女優を続け、同じくオットー・ プレミンジャー監督の『ポギーとベス』などに出演しましたが、“黒いマリリン・モンロー”というニックネームからもわかるように“セクシーで可愛いお姉ちゃん”のイメージが強かった彼女。アカデミー主演女優賞にノミネートされたのが30代前半と遅咲きだったこと、黒人女優を色っぽい女の子から大人の女優へと育てる土壌の無い時代だったこと……彼女にとって不利な要因が重なり、次第に役の幅が狭まってきます。

(https://twitter.com/iloveyuB/status/764231683964964865)

加えて、“白人に好かれる黒人女優”というイメージが、“媚び”のように解釈されたのか、黒人社会からも敬遠されてしまいます。アメリカには「アメリカで成功した黒人はまず白人に嫌われ、次に黒人に嫌われる」という言葉があるとのことですが、人種間の対立がはっきりしていただけに、現代よりその傾向は顕著であったと思われます。

(https://www.youtube.com/watch?v=JTwy8ruyY40)

失意の彼女は、アルコールと抗うつ剤に溺れ、1964年に42歳の若さで亡くなります。ほんの10年前にあれほどの快挙を成し遂げたスターだった彼女の預金口座には、ほとんどお金は残されていなかったと言われています。

黒人スターの活躍が華やかな現代ですが、“マリリン・モンローのようにキュートで愛らしい”彼女の個性は、きっと今でも独特のポジションを確立し、その才能で人々を楽しませてくれたことでしょう。94年前に生まれた褐色のキュートな天才。彼女の誕生があと50年……せめて20年でも遅かったら……と想像して惜しまずにはいられません。

※ 参考 - 美女ありき - 川本三郎(七つ森書館)

(星野小春)