マクラーレン傘下の「未来を売る企業」、その無限の可能性

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F1マシン開発で培った技術を、医療やスポーツ、エネルギーといったさまざまな分野に「アプライ」(応用)することで新たなビジネスを生み続ける、マクラーレン・アプライド・テクノロジーズ(MAT)。MATはどんなヴィジョンから生まれ、何を目指すのか。マネジングディレクターが語る。(『WIRED』日本版VOL.11より転載)

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ジェフ・マグラス|GEOFF MCGRATH
マクーラレン・アプライド・テクノロジーズ マネジングディレクター。大学で流体力学を専攻、石油会社に勤務したのち、シリコンヴァレーのスタートアップに加わる。その後現職に。
www.mclarenappliedtechnologies.com

「マクラーレン・アプライド・テクノロジーズ(MAT)」は、そもそもマクラーレン・グループCEOのロン・デニスの発案から生まれたものです。彼がわたしたちに下したミッションは、「箱の外に出て新しいことをやれ」ということでした。

そもそもは2004年に、半ば秘密のプロジェクトとして、ステルスモードで始まったのですが、さまざまな可能性を探るなかで事業としての道筋がみえてきたことで、2010年に本格的な営業を開始しました。

わたしたちはマクラーレンがF1での50年にもわたる歴史のなかで蓄積してきた技術を、11の要素(*)として洗い出し、それをいかに次世代に向けたビジネスとして転用できるかを検討してきました。結果、3つの領域をMATのビジネスの根幹として見定めることができるようになりました。「システム」「プロダクト」「デザイン」がその3つです。

*精密工学、流体力学、マテリアル・サイエンス、器械開発、センシング技術、リアルタイム・データ・マネジメント、データ・ヴィジュアライゼーション、ヒューマン・ハイ・パフォーマンス、制御システム

F1で培われたモニタリング技術、解析技術を使った「未来予測」のシステムの開発、そしてそのシステムのより効率的な運用を可能にするプロダクトの開発、およびそれらのデザインが、わたしたちの扱う領域と言えるでしょう。「データ」と「デザイン」がわたしたちの得意分野なのです。

とはいえ、わたしたちはスマートデヴァイスのメーカーになるつもりはありません。自前でプロダクトを製造・販売していくのではなく、他分野の企業と組んで研究・開発に取り組んでいくのが、わたしたちのビジネスのやり方です。一面においてはコンサルティングのようでもありますが、単にアドヴァイスをするだけでなく、ともに研究し、ともにシステムやプロダクトを開発していくというかたちをとっています。

共同開発、というのがわたしたちのやり方で、実際、現在アメリカのアリゾナにあるデータセンターにおける研究・開発プロジェクトでは、わたしたちのチームが彼らのオフィスに常駐して作業をしています。

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2/5エネルギー
「現在、わたしたちはいくつかの石油・ガス会社と組んで、油田の管理への技術の転用を図っています。日々の採掘のパフォーマンスを計測し、外的な環境の変化に応じて現場がどのような対応をすべきか、その判断をサポートするための情報を提供しています。ちょっとした判断ミスが大きな損失を生むこうした現場では、一つひとつの判断のなかにどんなリスクが潜んでいるかを知ることが大事です。原発の管理などにも転用できる有用な技術です」

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3/5交通
「ヒースローのような巨大空港では40秒に1機が離着陸を行っているといいます。航空管制塔は、その日の朝に決定されたスケジュールに従って離着陸の運行管理を行っていますが、気候のみならずさまざまな要因から、書かれたシナリオは逐一変更を迫られます。わたしたちの技術は、ひとつの変更がどんな『未来』をもたらすかいくつものシナリオを走らせることで、現場が最適解を探すのを補助しています。この技術は鉄道や道路にも転用可能です」

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4/5医療・福祉
「現在、英国の厚生省と組んで、医療・福祉分野における技術転用を図っています。医療機関と患者を通信ネットワークでつなぎ、リアルタイムでモニタリングすることで、施設に出向いてもらわずとも、患者の状況を捕捉することができ、異変が起きても迅速な対応が可能になりました。また薬の服用者の状況をモニタリング、検証等をするためのツールとして大手製薬会社などからもお声がけいただき、グラクソ・スミス・クラインとの共同事業も始まっています」

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5/5データセンター
「世界各地にある巨大データセンターは膨大な電力を消費しています。世界中の電力消費のうちモバイルデータの取り扱いが占める割合は、2030年には10パーセントにも達するといわれますが、稼働効率は50パーセントと大変低いのです。わたしたちは米国の企業と組んでセンターの需要を予測し、稼働効率を最大化するお手伝いをしています。かつてルイス・ハミルトンのレースストラテジーを担当していた者が、現在このプロジェクトのチームリーダーなんです」

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わたしは工学系のエンジニア出身ですが、1990年代のいわゆるドットコム・バブルの時代にシリコンヴァレーにもいましたから、デジタルスタートアップでは当たり前となっている「ラピッドプロトタイピング」の手法などにもなじみがあります。MATでは、あるアイデアが生まれたらすぐさまプロトタイプを作製し、それをもとに検証を重ねるといったことを絶えずやっています。

わたしたちは、マクラーレンという工学エンジニアリングを核とした企業の傘下にはいますが、事業の展開の仕方、開発におけるやり方は、スタートアップ企業のそれに近いと言えるのかもしれません。

わたしたちのゴールは、最終的には「自ら思考することのできるモノ」をデザインしていくことです。センサー技術の精度やデータ解析の技術がもっと高度になっていくことで、例えば、その日の天気やユーザーの体調に合わせて、自動的にチューニングを変えていくクルマだったり、テニスラケットだったり、カヌーのパドルだったりが、近い将来つくられていくことになるはずです。これらはあくまで身近な例にすぎませんが、これは空港の管制塔や、原子力発電所でも同じことです。周囲の状況と現状のパフォーマンスを逐一監視しながら、状況の変動に合わせて次に起こることを予測し、それに合わせて適宜パフォーマンスを変えていくということなのです。

これは、何もすべての決断(Decision Making)をコンピューターとアルゴリズムに委ねてしまえ、ということではなく、あくまでも現場でそれらを管理する人々により適切で効率的な判断をするためのサポートをするということなのです。未来に起こりうるリスクを明示できるようになることで、人はより冷静に、正しい判断を下すことができるようになります。

さらに、今後こうしたシステムがより一般化していくことになれば、一般のオフィスワークにおいても、適用できるものになっていくかもしれません。社員のパフォーマンスの向上に役立ったり、ある契約がもたらすリスクを測定してより適切な経営判断を下すための一助になったりすることもあるかもしれません。

マクラーレンの技術は、これまですべて「レースに勝つこと」に向けて開発されてきました。それは言い換えるなら、「いかに他者よりも高いパフォーマンスをするか」ということでもあります。より高次のパフォーマンスが求められる分野ならば、そのすべてがわたしたちに参入可能な分野だと言えるのかもしれません。

2013年には、シンガポールにアジアHQをつくり、今春に同系列の子会社だった「マクラーレン・エンジニアリング」と合併したことで、現在では200人を超えるスタッフを抱えることとなりました。今後、MATとして独立したオフィス・研究棟を本社敷地内に建設することも構想されています。いまもさまざまな分野のさまざまな企業、組織などから多くの問い合わせをいただいています。

どんな領域に向けてわたしたちが成長しているかお伝えしたいところではありますが、残念ながら公表できないプロジェクトばかりなのです(笑)

※10/8(土)東京モーターフェス2016「Future Mobility Session」にて、マクラーレン・アプライド・テクノロジーズCTOが来日! クルマメーカーの未来を語る。

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