『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(ブレイディみかこ/太田出版)

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 近年、「貧困」という言葉をやけに目にする。結婚は経済的に無理だと話す若者や、6人に1人の子供が貧困であるというデータ。不満や不安はあろうとも、働けば何とかなるだろうと思えるこの日本で、確実に何らかのひずみが生じている。

 本書『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(ブレイディみかこ/太田出版)は、英国在住の著者が、貧困者支援や非正規労働者支援の現場をていねいに取材してまわった記録であり、自身のイギリス労働者としての視点を交えながら、その現状をわかりやすく伝えている。

 エキタスという貧困や格差の問題に特化した運動団体のメンバーで、23歳女性の藤川さんはこんなことを言っている。「考えたら、先を考えたらもう終わってしまうんです。本当は中流じゃなくて貧困なんですけど、貧困っていう現実に向きあうと終わっちゃうから」

 長年、貧困支援に携わってきた藤田さんは、貧困当事者が自分を貧困だと認識しておらず中流意識を持っている、と指摘する。「だからみんな保守的になるんですよね、このままでいいと思っているから。貧困と隣り合わせで生きているのに、中ぐらいだと思っている」「非正規でも仕事はあるよと。いや仕事があるだけましか、とか。レベルがそうとう低いんですよね。月収10万円あって良かったとか。けれども、月10万円で健康で文化的な生活なんてできないでしょう」

 ここで著者はスペインの失業中の青年が言ったことを思い出す。「僕はまず、政治は貧困と格差を何とかしなければならないと思うし、せめて社会は若者が家庭を持って子供を育てていける場所でなければならないと信じる」

 日本の若者が結婚や子育ては普通の人間にはできないぜいたくなことだと言うのに対し、スペインの若者は、結婚や子育てといった普通のことぐらいできる世の中にしろと憤る。この違いは何から生じているのか。

 内閣府の調査では、いまだに日本人の9割が中流意識を持っているという結果が出ている。一億総中流主義とでもいえる思想がある。だから、日本で貧困問題が表面化すると必ず「でも日本人はまだ○○ができるんだから豊か」という人が出てくるし、「私は貧困の当事者」という人に対して、「働け! 死ぬ気で働け!」と罵る人がいる。

 「日本では権利と義務はセットとして考えられていて、国民は義務を果たしてこそ権利を得るのだということになっています」と自立生活サポートセンター・もやいの大西さんが言うように、日本で「(税金)支払い能力がない人々」に尊厳はない。何より「払えない」本人が誰よりそう強く思っている。これは、「人間はみな生まれながらにして等しく厳かなものを持っており、それを冒されない権利を持っている」と考える欧州との違いだ。

 日本には人権政策がほとんどない。生活保護受給者に「フルスペックの人権」を認めてはならず、権利を制限するべきだという主張すらある。だが人権とは、納税額によって決まるのではなく、誰の尊厳も認め、「心配するな。ハッピーでいろ」と言ってくれる相互扶助の社会の仕組みだ。それが確立されていないとすれば、そりゃ「生きづらい」という人が多いのも当然。先行きが不安な時代ほど、その仕組みは必要とされるからである、と著者はコメントしている。

 本書は様々な貧困者支援団体への取材や、著者の英国保育士という背景を生かした保育園レポート、労働者から見た英国や欧州の社会・政治分析と日本の対比など、示唆に富んでいる。社会が大きく変わりつつある今こそ、読んでみてほしい。

文=高橋輝実