人間は、弱い生き物です。自分一人の力でやっていける人なんてそうはいません。何かしらの「生きる指針」のようなものが必要なのです。例えば先人が残した言葉は、それに最適かもしれません。

ここでは経営コンサルタントである木村進さんの著書『日本人なら知っておきたい名言100』から、「日本の偉人たちの志」にまつわる言葉を紹介します。心に刺さるものばかり!

01.
事業を始めるとき、金儲けをしようという気持ちはなかった。何か世の中を明るくする仕事は無いかと、そればかり考えていた。

(安藤百福/日清食品創業者)

今やインスタントラーメンはアジアを中心に世界中で人気の食べ物で、貧しくて飢える人を減らし、また人の食べ物の楽しみ方を増やした。日清食品創業者の安藤は、インスタントラーメンやカップヌードルの製法を特許でしばることなく、世界中で広まることを望んだ。まさに世界を明るくした日本ビジネスマンの鑑のような人だ。

今や、一人当たりの消費量世界一の韓国のインスタントラーメンも、安藤の考えを汲んだ別の日本メーカーの社長が、無償で韓国の三養食品の創業者に教えたことから始まった。そして中国でも、インドネシアでも、タイでもその国を代表するラーメンが生まれ、世の中を明るくしていった。

02.
不平はエネルギーだ。人間は不平がなければ、働く意欲を失ってしまう。

(小川栄一/藤田観光創業者)

不平には、よい不平と悪い不平がある。ここで小川栄一が述べている不平は、よい不平である。つまり、現状に満足できず、さらにもっとよい仕事ができ、よいものを生み出せるはずだ、という前向きな不平である。

この前向きな不平は、エネルギーを生み、働く意欲の増大につながる。「もっとできるはずなんだ。お前は力を生かし切れていない」というものだ。こういう不平がよい仕事を生み、人を進歩させる。作家の津本陽氏は、小川の下で一流経理マンとして修行し、よい不平をバネに大作家となっていった。

しかし、悪い不平は減らしたい。自分は何も努力、貢献をしないのに、「もっと自分は恵まれなくてはいけない。どうして人は私をわかってくれないんだ。なぜ嫌な仕事は私に押し付けられるのか。こんな社会が悪い。だから私はうまくいかない」といったものだ。これは負のエネルギーを生む。働く意欲もよい仕事の結果も生まない。よい不平を持って、もっとよくなる自分や社会にしていきたい。

03.
世の中のほんの片隅でもいいから、明るくしてくれる人こそが国の宝である。

(最澄/天台宗開祖)

最澄自身が書いた古文では「一隅を照らす 此れ則ち国宝なり」とあり、この言葉もよく知られている。作家宇野千代の、次の言葉も同じ趣旨である。「最も身近な人を幸せにすることは最も難しいことである、それ故に最も価値のあることなのです」。

つまり、この社会は一人ひとりの人間からできていて、その一人ひとりの人間が一人でも多く、自分のためだけでなく人のために役立つことをし、また誠実な生き方をすることが、よい社会、よい国をつくっていくことになるということだ。

04.
陽気になる秘訣は、あすはきっと良くなると思い込んで暮らすことです。

(司馬遼太郎/作家)

陽気でいると人生は楽しくなる。楽しくなるといいことが起きる。いいことが起きると大体、仕事も勉強も、その他恋愛も人づきあいも、うまくいくことになる。

逆に陰気だと、すべてはうまくいかなくなる。だから人は陽気に暮らしていったほうがいい。

どうすれば陽気になるのか。司馬遼太郎は「あすはきっと良くなる」と思い込めばいいのだと言う。人生の現実は、いいことも悪いことも、陽気なことも陰気なことも起きたり、存在したりするのだろう。

しかし、自分の気持ちとしては、明日は必ずよくなっていくのだと思っていれば、気分は前向きに、明るいものになっていく。そして前向きで明るい気分になると、やってやろうという姿勢で物事に取り組んでいくことができるようになる。だから本当に「あすはきっと良くなる」ようになっていく。

05.
世の中のことは、すべて原因と結果の関係でできている。だから原因を無視して結果だけを変えようとしても不可能なのである。

(渋沢栄一/実業家)

渋沢栄一によると、人も会社も国も、成功するかどうかは勤勉、誠実であるかどうかにかかっているという。勤勉、誠実に行動することで成功し、それがないとうまくいかないことになる。その一つの指針として、渋沢は論語を選んだ。“論語と算盤”という渋沢の標語は、勤勉、誠実がビジネスの原因となることを言っている。

うまくいかないときは、自分の勤勉さ、誠実さに不足はなかったか、という視点で原因を探れば、次は必ず成功すると渋沢は見たのである。

06.
この世に難関などない。難関というものはあくまでも本人の主観の問題なのである。難関だと思っている自分があるだけだ。

(塚本幸一/ワコール創業者)

あるとき、稲盛和夫氏(京セラ創業者)と塚本幸一氏が2人で話しているテープを聞いたことがある。塚本が後継社長に悩み、「子どもを社長に据えようと考えている」と相談したところ、稲盛がそれを批判するという内容であった。

塚本も人の子で、悩むことがあったのだ。しかし事業を展開するときには、自分に難関などあるものか、という勢いで突き進んだのである。「塚本さんのなさることだから」と、まわりもそれに従った。やはり人は、事を成そうとするところにこうした気合いが必要なのだ。

07.
振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない。

(寺山修司/劇作家)

寺山は比較的若くして死んだが(47歳)、ずっと夢を追い続けた人であったのだろう。俳人、歌人、演出家、映画監督、小説家、作詞家、俳優、写真家など、その肩書きもハンパなものではない。

今でも人気が高い「あしたのジョー」の歌詞も、寺山だ。これは決して振り向くなという寺山らしい詩である。夢を見て前を見ようと言っている。

08.
1本のピンもその働きは国家につながる。

(豊田喜一郎/トヨタ自動車創業者)

豊田喜一郎はトヨタ自動車の創業者とされている。もちろんそうではあるが、トヨタの源流は喜一郎の父、佐吉から流れている。自動車についても佐吉が喜一郎に次のように言って資金を出し、始めさせたという。

「これからわしらの新しい仕事は、自動車だ。立派にやり遂げてくれ」
「わしは織機で国のためにつくした。お前は自動車をつくれ。自動車をつくって国のためにつくせ」

こうしてトヨタは、国の発展のために車を作るのだと経営の方針を固めることで出発した。

今、トヨタは発展につぐ発展で、世界に貢献することになっている。環境について考え、安全性について考え、そして工場を世界各地につくり、雇用で貢献している。喜一郎の言う「1本のピンもその働きは国家につながる」という使命感、労働観が世界一のトヨタを支えている。

09.
君、弱い事をいってはいけない。僕も弱い男だが弱いなりに死ぬまでやるのである。やりたくなくったってやらなければならん。

(夏目漱石/作家)

夏目漱石の手紙は、とてもおもしろくて、ためになる。漱石の小説は、その本音を解読するのが難しいところがあるが、手紙はけっこう本音が書かれている。

相手への励ましや慰めが多いが、自分へ気合いを入れているところも多い。この言葉は弟子の一人、森田草平宛の手紙の中にあるものだが、世の中の難しさに滅入りながらも、自分で決めた道をやるしかないのだ、弱い事を言ってないで、前へ進むしかないんだと述べているのは、自分に対してのものでもある。

大人になればおいしいものが食べられて、美人の女性と楽しくつき合っていけると思っていたがそうはいかないものだとか、博士や大学教授にもなりたくない、自由に寝ていたいとか、愚痴をこぼすことが多かった。

漱石ほど作家として日本中に名が知られお金を稼いだ人でも「世の中を生きていくのは辛い」と言う。だったら私たちはもっと大変だ、と思うのも当たり前だ。

しかし、そんな中での「弱いことを言わずにしっかりやるんだ」という言葉は、きっと世の中には見るべきものもあるのだ、という漱石の本音の表れではないだろうか。

10.
太陽の光を借りて照っている大きな月よりも、自分から光を放つ小さな灯火でありたいものだ。

(森鷗外/作家・陸軍軍医)

陸軍の医師として大出世した官僚でもある鷗外は、その地位をさらに大きくしようとしたところがあった。しかし、大きく成功して名が通ることの怖さも、実は鷗外自身が一番知っていたのかもしれない。

友人だった幸田露伴が述べている。「森という男は蓄財の好きなやつさ。心は冷たい男だ」と。鷗外も本当は、官僚にならないほうが幸せだったのかもしれない。地位があると、失いたくなくなる。大きな存在でいたいと思いがちとなる。

こうしてみると何が幸せなのか考えさせられる。やはり小さくてもいいから、自分らしく、自分の光を発しながら、楽しく生きていくのがいいのではないだろうか。

芥川龍之介や山本耀司、安藤百福など、世界に誇る日本人が残した名言を100個掲載。彼らが見出した「生きる知恵」は、何かに迷ったとき、行き詰ったとき、自分を奮起させたいとき…きっと役立つはずです。