愛犬に起きた、突然の症状

2015年、7月17日

その日、と言ってもその前夜から、愛犬マロンの呼吸が少し乱れていた。
ずっとそばでいつも一緒に寝ているため、普段と様子が違うとすぐにわかって、深夜2時近くになっても眠るのが怖くて、朝一番で病院に行こうと思っていた。

夜中、どす黒い血便。鮮血ではなく黒い便。
私は不安でたまらなかった。
早く朝が来ないか。息はあるか。ずっと寝ずに様子を見ていた。
マロンは、一生懸命そばでずっといつものようにそばにいてくれた。

翌朝、7月18日早朝。

電話で症状を獣医さんに伝え、ペットシーツに血便を包んで、愛犬をカートに乗せて朝一で見てもらった。
先生に、「2〜3日入院して検査が必要」と言われた。

引越しを3日後に予定していたせいで、物がいつもよりも乱雑になっていた我が家。
マロンは以前に腸閉塞を患っているため、もしかするとまた何か変なのを食べてしまったのではないかと心配だった。

ずっと離れることなんてなくて、私が旅行に出かけた時以外は常にそばにいる愛犬。
私にとっては家族以上の存在なのに、愛犬がいない生活なんて…。

入院中の数日間。
私は仕事終わりにとにかく病院に通った。
正直、仕事にならなかった。

2015年7月21日。

その日は引越しを予定していた。
『マロンは病院に預けて、家具だけでも移動しよう。そして、何よりマロンが過ごしやすい家に移ろう』そう考えていた。
その日はマロンは病院で静養しているはず、が、時は容赦なかった。

お昼過ぎ、獣医さんから来るように言われた。
『きっと治るはず。大丈夫。』
と自分に言い聞かせるも、病院へ向かう道中から冷静さが保てず、病院に着いて先生からの説明を受ける前に、
「マロンに会いに行ってきて」
と言われ、点滴中の我が子同然の愛犬を撫でた。

そして言われた先生の一言はあまりにも辛く、思い出して書くだけでも正直涙が出てくるほど。

「マロンちゃんは、血流障害によるため左後ろ足が完全に壊死寸前です。このままほっといても体が弱っていく一方なので、最善の処置としては、断脚して悪いところを取り除く。今は悪いところを取り除くしかないんです」

もともと、アレルギー体質の愛犬。
何が原因なのかはわからないが、本当に突然だった。
泣くというより、ショック過ぎて言葉をなくしてしまった。
そのあたりの記憶はとても曖昧だけど、ただ覚えてるのは、抱っこしてる愛犬がずっと自分が辛いだろうに、ずっと私を見ていつも通り甘えてくれたこと。

涙が止まらなかった。
でも、迷う時間もなかった。

このまま何もせず苦しんで、壊死してしまってる部分を取り除かずに生活するか。断脚という決断をするか。

実際、3本脚のわんちゃんはいる。
でも、まさか自分の愛犬がそうなるなんて想像してもいなかったし、想像もできるはずもない。
3本脚でマロンは幸せになるのだろうか。マロンのためと言ってるけど、人間のエゴじゃないか?

泣きながら悩んだ。
決断は夕方までにと言われていたが、マロンの体のことを考えても対処は早いほうがいいのはわかっていた。

愛犬を、点滴してる愛犬をずっと撫でて、今この腕の中に抱っこしてる重さが当たり前が消えてしまうと思うことがとにかく辛かった。

悩んだ挙句、私は、

『マロンの命を守ろう。
3本脚でもマロンはマロンだ。
少ない時間でも、一緒にいよう。許された時間を過ごそう。』

そう決断した。

2015年7月22日(19時から21時)

この日、マロンの手術が決行された。

手術中。ただただ泣いてた。
自分の決断が正解なのか。
もっと思いっきり散歩させてあげればよかった。
もっと外の世界を見してあげればよかった。
と、後悔だけが募る。

手術は予定通り終わり、薬が効いてるようでぐっすり寝息を立てていたマロン。
目を覚ました時、うっすら目を開けて、小さく尻尾を振ってくれる愛犬に涙が溢れて、声すら出ない。
目を覚ましてくれたくれただけで、どれだけ嬉しかったことか。
でも、包帯が巻かれたところから、その先にあるはずの左足がなくて、また言葉を失った。

断足からの術後の後遺症。

断脚後、入院は2週間に渡り、その後ホルモンバランスが崩れたせいで、蓄膿症になってしまい、またその手術。
合計2ヶ月の間ずっと入院していた。

引越後のバタバタが続く中、ただひたすら仕事帰りに病院に通った。
動物病院の休館日以外は。仕事は早出に切り替えて定時で上がらせてもらった。
休みの日は何も予定を入れずに、マロンに会いに行くことだけを優先にした。

引越の時に新調した新しいケージに、いつでも帰ってきてフカフカのところで寝れるように、お気に入りのおもちゃを用意して退院を心待ちにしていた。

退院後は、できるだけ快適に過ごせるようにしてあげたくて、温度設定も異常なほど過敏だった。
ご飯もアレルゲンカットで選ぶようになり、きっちりと計量カップで測って、食べたものは全てノートに記載するようにした。

その日の薬の時間。排便の回数 排便の状態。
仕事中でもマロンの様子がわかるように、パソコンのカメラを設定して家の様子がわかるようにした。
周りから見れば、異常なほど過敏になっていたと思う。

愛犬の熱の温度も、足が痛くならないようにマッサージをするやり方も覚えた。
その時はとにかく命を守ろうと必死だった。

まとめ

マロンの血流障害はある日突然突、宣告されました。
そして断脚という重大な決断を下すための、考える時間ももらえませんでした。

脚を失わせてまで生かしたいとしたことを、飼い主のエゴと言われても仕方ありません。
ただ、愛犬の生きたいという眼差しと、最後まで絶対にこの子をそばで看取ろうと決断した。ただその想いだけです。

これまでマロンは幾度となく手術をしました。
それは、
腸閉塞(腸半分切除)
子宮筋腫(子宮全摘出)
蓄膿症
断脚(後ろ左足)
幾度となく、手術を乗り越えてきたんです。

手術の度に泣きながら、一番辛いであろう愛犬に涙を舐められ、励まされて乗り越えてきました。
私は本当に弱い飼い主なのかもしれません。

現在マロンは11歳。
今では、すっかりステロイドは欠かせませんが、それでも、シニア犬といえどもよく食べ、とっても無邪気な愛犬です。

もちろん愛犬だけでなく、獣医さんにも看護師さんにも救われて、マロンと私の生活は続けることができています。

断脚をしたことで、他のワンコより足が一つ足りないだけで、それ以外は何も変わらない。
ただ以前と少し変わったといえば、普段の生活ではコンクリーをの上を歩かないようにしたり、舗装された道路ではカートに乗せて散歩をするようになったことぐらい。
芝生の上を歩いてご機嫌なこともあるし、他のわんちゃんと同じように遊ぶことも。

今回痛感したことは、当たり前にいることは当たり前ではなかったんだということ。
そして、小さな命かもしれないけど、私にとってはこの愛犬こそが命そのものだと心から思います。

両親が犬用の車椅子など調べてくれたけど、3本脚でも普段通り歩くマロン。
車椅子はその時まで使わずに、今できることをやろうとしている愛犬の力強さを支えていきたいと思います。