気がつけば、スマートフォン片手に、夢中になって撮影する人の姿で溢れるようになった。インスタグラムに代表されるようなSNSを開けば、撮ったばかりの写真が途切れずに続いていく。撮る側にとっても、撮られる側にとっても、写真はずいぶんと身近なものになっている。
1990年以降、現代の写真表現を探求してきたドイツ出身のアーティスト、トーマス・ルフ氏による日本初の本格的な回顧展が、現在、東京国立近代美術館で開催中である。ほんの一部ではあるが、展示作品を通して、彼の写真との向き合い方を紹介したい。

まっすぐ前を見つめる
大きなポートレート写真。

トーマス・ルフ《Porträt (P. Stadtbäumer)》1988年 C-print, 210×165cm © Thomas Ruff / VG Bild-Kunst, Bonn 2016

会場に入ってすぐに目に留まるのが、まっすぐこちらを見つめるポートレート写真。この『Porträts(ポートレート)』シリーズは、高さ2メートルを超える巨大なサイズに引きのばされた作品。遠くから見ると証明写真のように見えるが、近づいてみると、その表情や、肌の細かな質感までが鮮明に写り、見る者にたくさんの情報を与える。もし、この写真が、手のひらにおさまるサイズで道端に落ちていたらどうだろう? 証明写真のようなありふれた枠の中に収まっているからこそ、その大きさが異なるだけで、写真の見方や向き合い方が変わるということに気づかされる。

建築物を視覚的にとことん研究。

トーマス・ルフ《w.h.s. 01》2000年 C-print, 185×245cm © Thomas Ruff / VG Bild-Kunst, Bonn 2016

ル・コルビュジェやフランク・ロイド・ライトと共に、近代建築の三大巨匠のひとりとされた、ルードヴィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエ。彼の頭文字をとった『l.m.v.d.r.』シリーズの一枚である。自ら撮影しただけでなく、既存の写真や、デジタル処理も行い、建築物ととことん向き合いながら制作した、いわゆる建築写真の枠を超えた作品となっている。美術館の外には、この写真がレジャーシートになって芝生に敷かれている。靴を脱いで、寝転びながら空を見上げたい。

テーマは、デジタル画像の解体。

トーマス・ルフ《jpeg ny01》2004年 C-print, 256×188cm © Thomas Ruff / VG Bild-Kunst, Bonn 2016

パソコンで画像を取り込むとき、jpeg(ジェイペグ)というデジタル画像の圧縮方式を使うことが多い。もっとも標準的な画像フォーマットの名称であるが、この圧縮度を高くすると、ノイズが発生し、モザイク状になる。これにヒントを得た『jpeg』シリーズは、離れたところから見ると、画家のゴッホに代表される点描のように、なめらかな写真に見える。ととのったものばかりが写真ではないだろうと、ルフ氏から問いかけられているようだ。

 『トーマス・ルフ展』は、11月13日(日)まで開催中。

このほかにも、まだまだたくさんの作品があり、なかには、自ら撮影したものではなく、カメラを使わずに制作しているものもある。全体を通してみると、これまで味わったことのないような、ある種の違和感を感じる作品ばかりで、そこには、ルフ氏の、あたらしいことへ挑戦する意志のようなものを見ることができる。なにかのルールに囚われず、自由に考え、アイデアを出し、作品をつくり続けること。普遍的なテーマに対して、あたらしい切り口を見つけることは容易いことではないが、向き合いつづけていたら、いつかは光が差し込んでくるのかもしれない。

【展示会概要】
トーマス・ルフ展
・会期:2016年8月30日(火)〜11月13日(日)
・会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
・場所:東京都千代田区北の丸公園3-1
・休館日:月曜。ただし、9月19日、10月10日は開館し、9月20日(火)、10月11日(火)は休館。
・開館時間:10:00〜17:00(毎週金曜日は20:00まで)
 ※入館は閉館の30分前まで
・観覧料:一般    1,600円
     大学生   1,200円
     高校生   800円
     中学生以下 無料

Licensed material used with permission by トーマス・ルフ展