空気が読める子、読めない子。その違いはどこ?

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執筆:山本 恵一(メンタルヘルスライター)

ひところ「KY」とも称された「空気が読めない」こと。

たとえば『goo辞書』では、「空気を読む」は「その場の雰囲気から状況を推察する。特に、その場で自分が何をすべきか、すべきでないかや、相手のして欲しいこと、して欲しくないことを憶測して判断する。」と定義されています。

こうした、社会性ともコミュニケーション能力ともいえることが、上手にできたり苦手だったりするのはなぜなのでしょうか?

自閉症に見られる脳の機能障害とKY

空気が読めないひとつの典型として、自閉症などの発達障害が挙げられます。近年、脳科学の飛躍的発展によって、これは「脳の器質的あるいは機能的障害による」ことが解明されています。

たとえば、神経細胞が多すぎて神経細胞間のネットワーク化が充分にできていないとか、表情を読み取ったり、顔を区別する社会的認知に中心的な役割を果たす「偏桃体」や「内側前頭前野」といった「社会脳」の領域に機能的な障害を負っているといった知見などがあります。

空気が読めない原因は脳(の障害)にあるという考え方です。

雰囲気とは?みんなが感じていること

空気は言い換えると「その場にかもし出されている気分。ムード」(大辞林)とされています。「なごやかな-」「独特の-」など、-(ハイフン)部分に空気・雰囲気・気分のどのことばを入れても同じ意味になるでしょう。

つまり、空気とは、物理的なそれと違って意識的なのですが、たった一人だけの意識ではなく、その場を共有する人が共通して感じている、集合的な意識だということです。

そして、空気を理解するには自分がその場に居合わせることが重要でしょう。たとえば、コンサートの独特の雰囲気は、やはり、参加して体感できるもので、テレビで眺めていても実感はできないでしょう。

KYは共感性の欠如?

机やスマホなどのように、誰もが見えるように存在しているわけではない「空気」。


「ブーム」や「トレンド」など一時的なものから、「らしさ」や「性格」など比較的不変的なものまでさまざまです。いずれにしても、そんな主観的な現象が、あるかないかと問われたら、「ある」と実感できる人と、「見える化」できないから「あることがわからない」人とに分かれます。

そして後者がKYと呼ばれました。

たとえば、痛い思いを経験しなければ、ことばだけで痛みを理解することは困難でしょう。しかし、過保護や情報化社会の孤独により周囲がその子に「痛み」を経験させないことで結果的には「他者の痛みを自分の痛みとして感じる」共感性を育むことをおろそかにしてきたのかもしれません。

空気が読めない原因のもう一つは、現代人の「経験のしかた」にあるという考え方です。

空気に飲まれるという経験もある!

ところで「空気が読める」のは良いことかというと、一概にそうでもないでしょう。

その一つの例は「集団心理」で、雰囲気にのまれて冷静さを失うとか、ムードに影響されて高いけど買っちゃった!などを挙げることができます。もっと古く、太平洋戦争の時代には、「欲しがりません、勝つまでは!」などもありました。


また、高次機能発達障害に分類されるアスペルガー症候群は、別名「シリコンバレー症候群」とも呼ばれています。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスなど、IT産業の革命児たちは、旧い空気が読めなかったから、新しい発見や革新を実行できた好例として有名です。

空気から距離をとれる能力

「空気が読めた」からジ・エンドではありません。

その上で、何かを判断したりアクションをとったりできるようになることが大切です。

そのためには、「共感性」でもって読めた空気をベースに、自分の行為を適応的に決定していく処理能力もまた、欠かせないものとなります。この点を冒頭の『goo辞書』の「空気を読む」の定義は後半部では、「その場で自分が何をすべきか、すべきでないかや、相手のして欲しいこと、して欲しくないことを判断する」としています。


障害なく機能する脳、空気にひたれる共感性、空気から距離をとれる「揺るがない自分」。

これらすべてが整って「空気が読める」ようになるということは、意外と難しいことを人間はやっている、とも言えるでしょう。その意味では、「空気が読めて当たり前」と決めつけない方がよいかもしれませんね。


<執筆者プロフィール>
山本 恵一(やまもと・よしかず)
メンタルヘルスライター。立教大学大学院卒、元東京国際大学心理学教授。保健・衛生コンサルタントや妊娠・育児コンサルタント、企業・医療機関向けヘルスケアサービスなどを提供する株式会社とらうべ副社長