「ウンコを漏らした日はライディーン」――爪切男のタクシー×ハンター

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 終電がとうにない深夜の街で、サラリーマン・爪切男は日々タクシーをハントしていた。渋谷から自宅までの乗車時間はおよそ30分――さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、密室での刹那のやりとりから学んだことを綴っていきます。

【第三話】「ウンコを漏らした日はライディーン」

「ウンコを一度も漏らしたことがない男はたいした男ではない」

 幼少期からよくウンコを漏らす子供だった私に対して、父が口うるさく言っていた言葉である。「空を自由に飛んでみたい」という実に子供らしい私の願いを叶えるために、私の服の中にトンボを大量投入した父。のたうち回って苦しむ私を見ながら「空を飛ぶのも大変なんだぞ」と人生の辛さを教えてくれた彼の言葉だからこその重みがある。やがて父は、その行き過ぎた教育により、フロント部分に五寸釘を装着した殺人ミニ四駆を操る反抗期の私に命を狙われることになるのだが、その辺りの話はまたの機会に。

 渋谷で働いていた頃、職場の目の前に、黒人二人組が経営する服屋があった。双子と見間違うほどに顔がそっくりで、体も非常に大柄だった彼らは、プロレスラーのザ・ヘッドハンターズによく似ていた。店は全然繁盛していなかったので、路上での呼び込みを積極的に行っていたのだが、彼らの強面の風貌を恐れて、通行人はただ逃げ回っていた。そんな恐ろしい二人組が、どういうわけか、私の顔を見ると腹を抱えて笑い出すのだ。来る日も来る日も爆笑されることに我慢ができなくなった私は、勇気を出して、笑っている理由を直接訊ねてみたところ「あなたの顔はアメリカの漫画に出てくるウンコの妖精にそっくりなんだ!」と丁寧な日本語で教えてくれた。緑色のポロシャツを着ているともうそのものらしい。国境と人種を越えたウンコミュニケーションが生まれた記念すべき瞬間であった。

 ウンコの妖精であろうがなかろうが、私自身にとってはどうでも良かったのだが、彼氏がウンコの妖精だなんて、当時同棲をしていた彼女に申し訳が立たなかった。しかし、よくよく考えてみれば、知り合った当初の彼女は、新宿に生息する唾マニアの変態たちに自分の唾を高額で売りつけ、その売り上げで叙々苑の焼肉を毎日食っていたような女なので、彼氏はウンコの妖精ぐらいで丁度いいのである。でも、本当に大切なことは、ウンコの妖精と唾売り女が、この大都会で偶然出会い、素敵な恋に落ちたことではなかろうか。最終的には、DJに唾売り女を寝取られるのだが、その辺りの話はまたの機会に。

 前置きが汚くなったが、ようやく今回のタクシーの話である。

 その日乗り込んだタクシーの運転手は、少し貧相な顔をしていたが、髪は小泉元総理のようなウェーブがかかった見事な長髪で、そのアンバランスさが魅力といった中年男性であった。戦国時代でたとえるならロン毛の足軽兵といったところか。騎馬隊に入るつもりで意気揚々と髪を伸ばしてきたら、足軽隊所属になってしまった男の顔と言ったら伝わるだろうか。伝わるわけがない。お前は運転手のことをそこまで言えるだけの顔をしているのかと問われたら、どんなに辛いことがあっても笑顔だけは忘れずに生きていこうと、毎日笑って過ごしていたら「君のしわくちゃの笑顔って虫の裏側に似てるね」と言われたことがあるぐらいの悲しい顔をしているので、多少の暴言は許して頂きたい。

 先日、ウンコの妖精にそっくりだと言われたことを思い出した私は、小さい時は糞をよく漏らす子供だったこと、大人になってからも、たまに糞を漏らすダメな大人であることを話した。全く興味が無い感じで私の話を聞いていた運転手は、大きく深呼吸をした後に言った。