「タイと日本では、戦術、技術、体力で著しい差があった。その優位性のおかげで、日本は圧倒的なポゼッション力を示している」

 そう言ってスペイン人指導者ミケル・エチャリは、冷静にW杯アジア最終予選タイ戦の分析を始めた。

 エチャリはスペインの監督学校の教授として、ライセンスを与える仕事もしてきた。また、講演で世界中を回り、来日して柏レイソルやガンバ大阪などでも指導者講習会を行なっている。彼に師事した指導者は少なくない。その筆頭はセビージャのヘッドコーチ、ファンマ・リージョだろうか。他にパリ・サンジェルマンのウナイ・エメリ監督も「弟子」と言えるひとりである。

「(タイ戦の)勝利そのものは祝福したい。しかし、不安視すべきシーンがあったのも事実である」

 スペインの名人が見抜いたハリルJAPANの長所と欠点とは――。

 ロシアW杯アジア最終予選、日本は敵地でタイと戦い、0−2で勝利を収めている。

「日本がいい試合の入り方をしたことは、まず称えるべきだろう」

 エチャリは「立ち上がり」を評価した。たとえ実力差があっても、特に敵地では苦労するものだからだ。

「日本の攻撃は活動的だった。コンビネーションがよく、スピード感があり、ボールスキルも正確。UAE戦からは先発が3人代わっていたが、目を引いたのは左サイドの攻撃だろう。UAE戦では中央で埋もれていた香川真司が積極的に左サイドへ流れ、原口元気と連係、そこに酒井高徳が絡んで攻撃を活性化した。それに合わせ、右サイドの酒井宏樹も本田圭佑と息を合わせ、UAE戦での不具合(攻撃の中央への偏り)は解消されていた。

 中盤は、長谷部誠と山口蛍のペアが常に補完関係を心がけていた。どちらかが前後にずれたポジションを取ることで、お互いをサポート。ボールのもらい方、付け方も、質が高かった。UAE戦の中盤と比べると、ダブルボランチの理解度に差はあったと言えるだろう」

 UAE戦と違い、サイド攻撃が機能していたのは明らかだった。そして17分、酒井宏の右サイドからのクロスを、ファーポストの原口が受けて先制点を叩き込んでいる。

「山口蛍のボールを受けた酒井宏だが、そのクロスの質はすばらしかった。ゴール前には、浅野拓磨、香川、本田、そして原口が好ましい距離感で飛び込んでおり、クロスが一つの得点パターンとなっている。原口のヘディングは文句のつけようがなかったが、特記すべきは、セカンドボールを予測した長谷部誠、酒井高のポジショニングがよく、2人のセンターバックも正しい位置にいた点だろう。危機管理ができた、完璧性の高いゴールと言える。前半は、セットプレーも含めて日本が格の違いを見せつけた」

 しかし、エチャリは後半のペースダウンを厳しく指摘している。

「後半、日本は立ち上がりでポゼッションする意思が曖昧になってしまい、精度も落ちていた。10分くらい経ってから、ようやく主導権を取り戻しているが、危ない入り方だった。長谷部、山口の立ち位置もパラレル(並列)になってしまい、攻守のバランスを欠いていた。もっとも、日本の実力はタイを大きく優り、致命傷にはなっていない。

 盛り返した日本は、PASILLO INTERIOR(バックラインの前を横切る"通路")を有効に使っている。本田が右サイドから中央へ横切り、左サイドを駆け上がった酒井高にパス、そこからのクロスを逆サイドでマークを外した香川が折り返し、決定機をつかんでいる。横への揺さぶりは、戦術的にも技術的にも高度だった。

 後半30分には長谷部がパスカットしてそのまま裏に流し、浅野が走り込んで2点目を決めている。おそらくこの速い攻撃を、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は狙っているのだろう。その点、森重真人はボールの出し方に注意するべきかもしれない。球出しの判断が遅く、いたずらにプレースピードをスローにしている。長谷部のように、相手の陣形が整っていない状況を狙う必要がある。そうすれば、もっと簡単に追加点が取れた」

 日本が2−0とリードして心理的に安堵したことも、エチャリは見逃さなかった。

「自陣での不用意なパスミスで、相手に渡すシーンがあった。チーム全体に"勝った"という過信が生まれていた。いい試合だったが、ナイーブさも見えた。

 守りに関しては、ボールを失ってからの守備はUAE戦と比較してだいぶ改善されていた。前の選手はボールロストに素早く反応、ハイプレスをかけていたし、バックラインの選手は帰陣してスペースをケアできていたと思う。相互に連動し、ほとんどカウンターを許さなかった。各ラインの間隔もよく、チャレンジ&カバーができていた。

 攻撃のバランスも悪くなかった。前線の選手がいい距離感を保ち、好タイミングでプレスをかけ、波状攻撃が可能になっていた。ポジション的優位性を高めていたのは原口だろう。左サイドで起点になっていた。日本では批判に晒されたそうだが、本田、香川の連係もまあまあだった。浅野もサイドに流れ、動きを出していた。ただ、技術的には"不規則"で、それが神経質になっていたからなのか、技量不足なのかは少し観察する必要がある」

 エチャリはスカウティングをありのままに記している。そして最後にこう締めくくった。

「後味を悪くするのは本意ではないが、一つだけ警鐘を鳴らしたい。敵陣でボールホルダーの前に7〜8人も味方選手がいる状況は、極めて危険である。UAE戦リポートでも指摘した点で、改善はされていたが、後半になると"悪い癖"が出た。これはザッケローニ時代もあったこと。強豪はどこかで強度の高い守備をかけ、その危うさを必ず狙ってくる。"相手が弱いから"と甘えていると、世界で痛い目に遭うことになるだろう」

小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki