2016年は9月15日が陰暦の8月15日に当たり、日本なら中秋の名月の日、こちら(韓国)は「秋夕」といって、お正月と並ぶ二大名節の一つだった。写真は韓国の伝統衣装。

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2016年は9月15日が陰暦の8月15日に当たり、日本なら中秋の名月の日、こちら(韓国)は「秋夕(チュソク)」といって、お正月と並ぶ二大名節の一つだった。

名節というのは、大きなお祝いの日のこと。韓国はこの日の前後の計3日間が休みとなる。われもわれもと田舎に帰る帰省客で高速道路は数十キロの渋滞に。今年は14〜16日が祝日となり、すぐ後に土・日曜と続くので5連休となった。海外旅行に行く人も多いが、たいていは旦那の実家に行き、次に妻の実家に行くのが習わしだ。儒教道徳のなせる業かと思うが、女が強くなったとはいえ、男尊女卑の思想がまだまだまかり通っているというのが現状だ。今年は13日の午後から、高速道路は下り線が強烈な渋滞となっていた。

若い男女が愛し合って結婚しても、女性にはつらい「シジプサリ」が待っている。シジプは旦那の実家(旦那の両親がいる)の意で、サリは生活、世過ぎといった意味。シジプサリはつまり旦那の実家での生活、しゅうと・しゅうとめに仕える生活を意味するわけだ。当然、長男と結婚する女性が一番のシジプサリ候補であるが、次男、三男と結婚してもシジプサリという轍から自由ではない。秋夕や正月などの名節は特にだ。

ソンピョン(団子のようなもの)やヂョン(天ぷらのようなもの)やナムル(おひたし)など、名節で食べる料理を準備するのがシオモニ(旦那の母親)を中心とした嫁さんたち女性らの仕事だ。連休に入る前日からシジプに行って料理作りに精を出す。

シジプに遅れて着いたりすると、シオモニや他の嫁さん方から嫌みを言われるのは覚悟しなければならない。この料理作りが女性にとっては結構大変な肉体労働で、買い物から始まって下ごしらえ、料理作り、後片付けと女性の仕事は際限なく続く。それでなくてもシオモニとはなるべく一緒にいたくないというのが女性すべての普遍的心情だろう。シオモニのそばに仕え、かいがいしく動き回り、周りの嫁さん方と適当に話を合わせながら何時間も休まずに働く。面白い会話もあろうが、たいていは「あんたんとこは、なんでまだ家が買えないの」とか「小遣い、なんでこれっぽっちしか持って来られないの」といったシオモニの嫁イビリめいた言葉たちが飛ぶ。

女たちが汗水垂らして働いているその傍らで、男たちはテーブルにどっかと座りテレビを見たりしながら悠々と飲んだり食ったりだ。そういった場面がよくテレビにも出る。私は男なのだが、こういう場面を見るにつけ女性の味方となってしまう。こんな不条理がどこにあるかと。

でもこういうのが風習だし昔ながらの慣習だから仕方ない。一外国人が「こんな風習は変えよ」などとわめいても誰も聞いてくれやしまい。だから帰りの車の中で、妻のストレスが爆発するのはあまりにも当然の成り行きだ。秋夕の後、離婚率がぐーんと高まるのも、ここ韓国の「年中行事」となっている。

秋夕のような名節が嫌で嫌でたまらない女性が増えている。秋夕というと頭が痛くなったり不眠症になったりといろんな不定愁訴の症状が出てくる。名節のこうしたストレスを総称して韓国では「名節症候群」と言っている。この名節症候群から解放されるためには、旦那のいたわりと優しい一言が必要条件だろうけれど、これだけではやはり足りない感じがする。

旦那の実家にまず行き、その後で嫁さんの実家に行く(あるいは、嫁さんの実家には行かないというのも結構あるようだ)という、男尊女卑の考え自体を根底から変えてゆく必要があろうと思われる。しかしどうだろうか、500年に及ぶ朝鮮時代に培われたこういう文化が、そう簡単に変わるものだろうか。すべての嫁さんが名節症候群を患っているのではないのだけれど、大なり小なりすべての女性は、名節症候群の予備軍だ。こんな面においても外国からの新しい血、すなわちグローバル化の波が大きな助け駒となるのではないだろうか。筆者はひそかにそんなふうに感じている。

■筆者プロフィール:木口政樹
イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。三星(サムスン)人力開発院日本語科教授を経て白石大学校教授(2002年〜現在)。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。