『〆切本』(夏目漱石、江戸川乱歩、星新一、村上春樹、藤子不二雄(A)、 野坂昭如など全90人/左右社)

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 「〆切(しめきり)」。人がそのことばを最初に強く意識するのは、おそらく小学生の夏休みだろう。宿題を提出期限までに間に合わせなければと思っていたあの頃からウン十年。大人になった今でも、あらゆる仕事や家事の〆切に追われ続けている。もっと上手に〆切と向き合うことができれば良いのだが、いつも〆切ギリギリ。周りの人に申し訳ないとは思いながらも、〆切を超えてしまうこともある…。そんな〆切に追い詰められてばかりいる人にぜひとも読んで欲しい作品がある。

 『〆切本』(左右社)は、夏目漱石から藤子不二雄A、村上春樹、そして西加奈子まで 90人の書き手による〆切に関する話94篇を収録した“しめきり症例集”。あらゆる作家たちが〆切について記載した内容が編集された1冊だ。〆切をきちんと守る作家、どう頑張っても守れない作家。エッセイ・手紙・日記・対談・漫画などを通じて、あらゆる作家の〆切話を読んでみると、今まで見えてこなかった作家たちの素顔が垣間みられる。そして、〆切という存在に悩まされていた文豪たちの存在を知ると、「〆切を前にした彼らの重圧に比べれば、自分の苦しみなんてちっぽけなものなのかもしれない…」という気にさせられる。

「かんにんしてくれ給へ どうしても書けないんだ」 (吉川英治)
「さう急いでも『詩の神』が承知しませんからね。とにかく出来ないですよ」(夏目漱石)
「用もないのに、ふと気が付くと、便所の中に這入ってゐる」(横光利一)
「いや、風邪はなんとか治ったんですが、こんどはワイフが風邪をひいちゃって、家事をしなくちゃいけないもんで。でも、今日中にはなんとか」(高橋源一郎)

 〆切を守れない作家たちは、本当にどうしようもない。手紙や作品は、言い訳としか思えないような言葉のオンパレード。大抵の作家は「身体の調子が悪い」などとのたまうのだが、思わず「本当に具合が悪かったのだろうか」と疑ってしまう。だが、作家たちの言い訳じみた言葉にどういうわけか共感してしまうのだ。それは、自分自身も〆切をなかなか守ることができないという悪癖を持つが故なのかもしれないが…。あの作家も、〆切前には自分と同じような思いを抱えていたのだと思うと、作家たちがより身近な存在になったような気持ちになる。

 しかし、一方で、北杜夫、森博嗣など、〆切をしっかりと守ることができる作家だっていることを忘れてはならない。〆切を守れる作家たちのエッセイは、背筋が伸びるような心持ちがする。依頼されたものを期限内に提出することは至極当然のこと。期限に遅れる方に問題があるのだ。だが、〆切遵守派の作家たちには、彼らなりの悩みがあるらしい。たとえば、吉村昭は酒が入った編集者に「締め切りが過ぎてやっと小説を受けとった時の醍醐味は、なににも換えられない」と言われ、「締め切り日前に書いたものを渡す私などは、編集者の喜びを取り上げ、さらに作品の質が低いと判断されていることになる」などと愚痴っている。本当に人というものは、あらゆる形で、〆切という存在に悩まされ続けるようだ。

 本当に〆切とは厄介だ。追いつめられて苦しんだはずなのに、〆切があるからこそ、自分の能力を発揮できるような気もする。いま何かに追われている人もそうでない人も、ぜひこの本を読んでほしい。この本は、“しめきり参考書”。仕事や人生で〆切とこれから上手に付き合っていくために読んでおきたい1冊だ。

文=アサトーミナミ