「実家の二次相続」で訪れる悲劇

写真拡大

税制改正以降、相続税の申告について、税理士への相談者が倍増。最も多いのは、実家で一人暮らしの母親が亡くなったというケースだ――。

■子供たちはなぜ実家に住む気がないか

「親の財産といえば自宅がほとんど」という層に悲劇が訪れている。

2015年1月の税制改正で、相続税の課税最低額が引き下げられた。改正前は、仮に親の遺産を子供2人で受け継ぐとしたら7000万円が控除額になり、それ以上の資産家でなければそもそも相続税の課税対象にはならなかった。それが今度は同じ条件で控除額が4200万円まで大幅に下がり、これまで相続税とは無縁だったはずの層が申告や納税に追われるようになったのだ。

累計約5600件の相続案件を手掛けてきた税理士法人レガシィでは、申告の相談・依頼者が改正以降ほぼ倍のペースで増えている。最も多いのは、実家で一人暮らしをしていた母親が亡くなったというパターンだ(二次相続)。

父親が亡くなり母親が残るという場合(一次相続)は、相続税の配偶者控除(配偶者の法定相続分相当額か、1億6000万円のうち多い金額までは相続税がかからない制度)が使えるため、遺産総額が1億6000万円を超えないケースでは、母親が遺産の100%を相続すれば相続税はかからない。ところが、二次相続ではその配偶者控除が使えない。そのため、とくに資産家とはいえないサラリーマン家庭でも、二次相続で相続税の課税対象になるケースが相次いでいる。

レガシィの調べでは、一次相続から二次相続までの期間差は平均して16〜49年(先に父親が亡くなるケース)。その間、子供たちも年齢を重ねるため、多くは持ち家を保有し、その土地での人間関係もできあがっている。だから、二次相続時には「いまさら実家に住むつもりはない」という人が大半だという。そのことがまずはトラブルのタネになる。

「母親が住んでいた家をどう処分するかで兄弟間の争いになるケースが増えています」というのはレガシィ代表社員税理士の天野隆氏だ。

売却して代金を相続人で分割する方法もあるが、まずは遺品整理をしなければならないし、気持ちの整理をつけるにも時間がかかる。東京23区内ならともかく、郊外や地方では買い手がつかないという懸念もある。賃貸に出すとしても、その前に費用をかけてリフォームしなければならない。結局、空き家として放置されるケースが増えるのだが、毎年の固定資産税は負担する必要がある。

■「路線価」に注意。うっかり払いすぎも

そのうえ現在、空き家は「思わぬトラブルのもとになりかねません」(天野氏)。人が住まない建物は劣化が早く、雑草だらけの庭は隣近所の迷惑だ。そのうえ15年5月からは、自治体に「危険な空き家」と認定されたら小規模住宅に対する固定資産税の優遇措置が取り消され、更地並みの高い税額を支払わされるというリスクもある。

そこで天野氏が選択肢のひとつとして提案しているのが、実家を「記念館」として残す方法だ。といっても一般に公開するわけではなく、母親や家族の記念品を集めて置くだけの場所である。それだけではあるが、「年に何回か親族が集まって、思い出話ができる場所があるというのはいいものです」と天野氏はいう。

記念館は相続トラブルの防止にも役立つ。相続の際には資産の分割とともに親の思い出の品を形見分けする。金額に換算すればささやかでも、誰が何を引き継ぐかで感情的になり、もめることも多いという。「おかげで親族間の感情がもつれてしまい、遺産分割協議も始められないといった、深刻な対立に発展するケースも少なくありません」。

実家を記念館として残すことにすれば、「遺品はひとまず記念館に」ということができるので、形見分けトラブルのリスクは回避できるというわけだ。

また、これまで相続税とは無縁だった人たちが課税対象になるため、相続税に詳しくない税理士に申告を依頼し、必要以上の相続税を支払ってしまう例も増えたという。

「私どもでは相続税の申告のやり直しをお手伝いするケースも多いのですが、これまでに340件で総額91億円の還付がありました。平均すると2647万円です」

なぜ、そんなに払いすぎてしまうのか。多くの場合、不動産の評価が関係している。路線価×面積で計算するのが原則だが、土地の形状や立地条件などによって多くの減額措置(減額要因)が認められている。相続や不動産に詳しくない税理士だと、そうした適用可能な減額要因を見逃してしまうおそれがある。また、知っていても税務署との交渉で及び腰になり、その結果、時価1000万円の土地の相続評価額が10億円とされてしまうケースもあるという。

今回の税制改正では、相続時精算課税制度に振り回される人も出てきそうだ。この制度は、まとまった金額を子供に贈与する際に贈与税を免除し、将来相続が発生したときにまとめて相続税として再計算しようというものだ。2500万円(マイホーム資金の場合は、別途住宅取得資金にかかる非課税限度額を加算した金額)までなら無税で贈与できる。

しかし、今回の相続税課税最低額の引き下げで、この制度の利用者が相続税の課税対象になる可能性がある。課税対象になれば、いざ相続というとき、かつて贈与された分の相続税も支払わなければならない。想定していなかったとしたら、かなり手痛い出費になるだろう。

■老親の介護を遺産分割に反映させるには

遺産分割の比率も争いのタネ。現民法では長男も次男もなく、子供の法定相続分は一律である。もし長男一家が親と同居し、長男の妻が最期まで親の面倒を見たとしても、次男が要求すれば同じ額の遺産を受け取れる。親の介護は相続における「寄与分」にならないのだろうか。

「寄与分の考えは介護にはほとんど適用されません」。寄与分とは、親の財産を増やすことに貢献した相続人が貢献度に応じて財産を多く受け取ることができるというもの。介護は財産を「増やす」ことにはならないため、寄与分は認められないのだ。

そこで「面倒を見てくれた長男の嫁に報いるための最もよい方法は、養子縁組をすることです」と天野氏はいう。子供の配偶者はそれだけでは相続人にはなれない。養子縁組をすることで、長男や次男と平等の相続人になれるのである。

トラブルなき相続には遺言書が有効だといわれる。だが、実際には進んで遺言を書く人は少ないという。

「遺言書があった場合でも、中身を読むと『誰かに書かされたのではないか』と思われるものも多いですね」

遺言には気軽に作成できる「自筆証書遺言」と、本人が公証役場に出向いて作成する「公正証書遺言」とがある。後者のほうが安心だが、偽造されるおそれもゼロではない。

01年に亡くなった女性が公正証書遺言を作成していたが、遺言作成時に公証役場へ出向いたのは「替え玉」ではないかという疑惑が浮上したのだ。作成にあたっては、証人2人も立ち会い、公証人が印鑑証明や実印で本人確認をするのがルールだが、別人がなりすまして遺言を作成していた可能性があるという。このときの遺言内容が、以前に作成していた遺言とはかけ離れていたからだ。写真付き証明書による本人確認ができていなかったことが、疑惑を持たれる遠因だと指摘されている。

----------

天野 隆
税理士法人レガシィ代表社員税理士。公認会計士。1951年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。アーサーアンダーセン会計事務所を経て現職。税理士法人レガシィは、相続案件実績約5600件で日本一。

----------

(文=向山 勇 撮影=堀 隆弘)