犬の訓練所には様々な形態がある。警察犬や災害救助犬の育成や、一般家庭犬のしつけを専門にする所もある。名称は様々で◯◯訓練所や◯◯ドッグスクール、犬の幼稚園など、特に法令で縛られることもない。訓練士の資格は国家資格ではなく、あくまで民間資格だ。
 こうした訓練所の訓練士の多くは、動物を愛し、尊厳を重視して訓練に当たっている。しかし、残念なことに訓練士の中には、訓練の名の下に平然と犬に暴力を振るい、痛みや恐怖を与える者も少なくない。
 本稿では、私が実際に飼い主から受けた相談の中で、訓練士によって動物虐待が行われた事例を紹介する。これを言い出すと、実にキリがないほどに沢山の虐待事例があるが、ここで取り上げるのは中でも特段に酷いものであり、明らかな動物虐待といえるものだ。

世界の訓練事情

 真摯に業務にあたる訓練士やトレーナーの名誉を守るために、世界の主流がどのようなものかについて説明しておこう。
 現在の世界のドッグトレーニングは、犬に痛みや恐怖を与えるといった行為はせず、犬に望ましい行動を取るように誘導して、報酬を与えることで学習を促すといったものが主流だ。これをポジティブトレーニングなどと言う。米サンフランシスコ動物虐待防止協会の発表では、アメリカ国内で2005年からポジティブトレーニングへの移行が始まり、現在では80%近くのトレーナーが、この方式を取り入れているとされている[1]。また、同協会は、「犬は痛みを感じる。痛みや恐怖を与える訓練方式は、犬を攻撃的にする」と警告を発している。イギリスなどの動物愛護先進国では、これよりも遥か前にポジティブトレーニングが主流になっているのは、言うもまでもないだろう。こうしたポジティブな方式は、動物行動学と心理学に基づいた理論で構成されている。
 日本の訓練士が、どの程度にポジティブトレーニングを用いているかのデータはない。恐らく2000年以降に欧州のメソッドを採用する専門学校などで教育を受けたトレーナーなら、この方式を知っているはずだ。しかし、いわゆる訓練所という施設では、専門学校への通学の必要もなく、訓練所の中で指導を受けるスタイルが一般的だ。これゆえに、学術的な根拠とは無関係に先輩訓練士の技術が継承される。こうした背景が科学的な根拠のない、訓練士による思い込みによる訓練方法を広めることに繋がっていることは自明だろう。

 日本のこうした背景の中で育成された訓練士は、JKC(ジャパンケネルクラブ)や日本警察犬協会の試験を合格して公認訓練士となる。こうした公認を受ければ「箔が付く」わけだ。そして、箔を付けた訓練士は活躍していくことになる。この中には問題行動のスペシャリストとして活動する者もいる。そもそも犬に何かの動作を教えるのと、心因性の問題行動を修正するのでは分野がまったく異なる。既存の使役犬などを育成する手法で犬の心の問題に取り組むことは分野違いであり、特別な教育を受けていなければ、とても危険な行為だと言える。
 例えば、人のスポーツのトレーナーや学校の教師が、うつ病や家庭内暴力、引きこもりの治療を行うようなものだ。こう考えれば、分野が違うことが容易にお分かりになるだろう。

実録・お仕置き棒で犬を叩きのめす

 この記録は、ある飼い主が二人の訓練士(共にJKC公認で警察犬訓練所出身)によって、動物虐待を受けたことを記したものである。
 飼い主は、飼っているトイプードルの激しく吠え、唸り、家族に噛み付くといった問題行動に悩んでいた。何軒もの躾教室に断られ困り果てていたところ、ようやく受け入れてくれるトレーナーを見つけて問題の解決を依頼する。そこでは3ヶ月間、犬を預けることになった。犬には電気ショックの首輪が装着され、吠える度に電気ショックを与えられた。3ヶ月が経ち、犬の首は電気ショックの跡で焼けたように爛れしまった。犬の首のダメージを見た飼い主は、訓練を止めて犬を連れ帰った。犬の問題行動は修正されるどころか、さらに悪化してしまった。困り果てた飼い主は、この半年後に別の訓練士に問題の修正を依頼した。
 その訓練士は、自宅から200kmほど離れた遠方だったが、その訓練所は「噛み犬矯正」を謳っていたこともあり、藁をも掴む気持ちで任せることにした。その訓練士の手法は、犬が降参するまで暴力を振るう訓練士だった。

 訓練士は犬が吠えた直後に、この棒で強く犬を殴る。この棒は”お仕置き棒”という物で、長さは70cmほど。竹を2枚張り合わせた竹刀のようなつくりになっている。お仕置き棒で殴られた犬は驚いて泣き止んだ。飼い主は、今まで多くの躾教室に断られ、一度依頼した訓練士では問題が解決しなかったこもあり、「この方法しかないのか、それでも治るなら犬も幸せになるかもしれない」と思い、渋々であったが犬を預けることにした。
 そして長期間に渡り、このトイプードルはお仕置き棒で殴られるといった訓練を受けることになった。約10ヶ月間が経ち、訓練士からの連絡で犬は退所することになる。訓練士は、飼い主に犬を返却する際に報告と指導を行う。「この犬は依存性(家族に対しての)だから治らない」そして、「犬が吠えたら、このお仕置き棒で犬が降参するまで叩きのめしてください」というものだった。退所時には棒で殴られことにより、犬の鼻(マズル)は、すっかり禿げていた。

悲惨極まりない暴力を指導する訓練士

 退所後この訓練士は3ヶ月に渡り200km離れた飼い主の家に月2回通って、犬の叩きのめし方を指導した。具体的には、犬のマズルを棒で殴るというものだ。訓練士は「犬の首はとても繊細なので、首に電気ショックを与えるのは反対です。だから犬の鼻や後ろ足の脇腹を叩きます」と言う。時には棒で叩いた時にマズルから出血し、壁に血しぶきが飛んでもなお、「もっと強く叩いてください」と指導したようだ。
 私は、どの程度の力で叩くのか実際に私の体を叩いてもらった。それはかなりの強さであり、もし私が不意にこの棒で叩かれたら、反射的に反撃してしまうほどの痛みだった。
 飼い主は、退所後の約1年間、訓練士の指導の通りに犬を棒で殴った。さて、この犬の問題行動は治ったのだろうか。

科学的見地では、犬に痛みや恐怖を与えると攻撃性は増加する

 言うまでもなく、この犬の問題行動は悪化した。それどころか、長期間に渡って虐待を受けた犬は、興奮しやすくなり、ヒステリックになる。当然に攻撃性も悪化する。これは極めて当たり前の事で、攻撃を受ければ防御心が強くなる。それでも攻撃が続けられれば反撃するしか他に方法はない。さらに犬は、自分の皮膚を舐め続ける行動をするようになった。お腹から腿の内側は舐め続けて毛がなくなっている。飼い主がそれを阻止しようとすると犬は唸って攻撃性を見せる。この行動は常同行動といわれる行動で、強迫行動や強迫神経症などともいわれる。典型的なストレスによって起こる神経症状だ。
 私がこの家に初めて伺った時に、この”お仕置き棒”を回収した。棒の先端にはトイプードルが攻撃を受けて反撃した噛み跡が無数についていた。この傷跡が、虐待の激しさを物語っている。

生物学的知識があれば、このような訓練はあり得ない

 まずは、この訓練士の言う「依存性だから治らない」というものに何かの根拠があるのだろうか。依存のメカニズムは広く知られており、依存であれば治るはずだ。恐らく、家族への依存としていることから分離不安症と誤診したのだろうが、分離不安症は治療を行えば高い確率で治る。これは臨床データでも示されている。
 次に、犬のマズルを叩くことが、犬への負担を軽減しているかを考える。犬は主に嗅覚を使って情報を探知する動物だ。犬のマズルは他の部位と違い、神経細胞が多く備わった敏感な感覚器官なのである[2]。犬がマズルを触られると嫌がることが多いのも、その証拠になる。
 もし、この訓練士が生物学の基本的な知識を持っていれば、犬のマズルを棒で叩くなどという行為はできるはずがない。それも出血するほどに攻撃するなどはあり得ないことだ。これが長期間に渡って行われるなど、想像するだけでも恐ろしい。
 こうした攻撃が犬の心に大きなダメージを与えることくらい、心理学の知識などなくとも、誰だって想像できることではないだろうか。

こうした事態を避けるには、どうするべきか

 まずは、このような訓練士に依頼しないことが重要だ。こうして虐待を受けた犬は心に大きなダメージを負い、程度によっては治療が難しくなることもある。もし、愛犬にこのような問題が発症したら、獣医師と行動療法の専門家に依頼をするのが得策だろう。行動療法では、犬の不快なストレスを低減させ、新たな学習を促すことで行動を修正する。人間のうつ病などでも使用される療法だ。具体的には生活環境を整えた上で、系統的脱感作、拮抗条件付け、行動置換などの心理療法が用いられる。
 
 犬が飼い主の意に反した行動を取るのには、犬なりの理由がある。その理由を一切無視して、罰を与え続ければ、犬の精神は崩壊してしまう。また、力で犬を服従させるという方法は、従順な奴隷を作る行為だ。こうした方法論は、先進国では明確な虐待行為であり、犯罪となる。こうした”棒で叩きのめす”という行為が動物虐待でないのなら、「虐待」という言葉は意味を失うだろう。

5歳の犬の半生は虐待と共に

 この犬の年齢は5歳。最初の訓練士によって電気ショックを3か月間受け、次の訓練所で10か月間はお仕置き棒で叩かれた。その後、訓練士の指導で1年強に渡り家でも棒で叩かれた。実にこの犬の半生は虐待と共にあった。日本の権威あるJKCは、こうした訓練士への公認を続けるのだろうか。JKCがこのような虐待を認めていることと取られても仕方がないだろう。

 犬の気持ちを理解し、犬の心を平穏にする専門家が増えることを切に願うばかりである。

Reference
[1]SF SPCA(2016),We stopped spanking our children.now let’s stop abusing our dogs.,San Francisco SPCA
[2]林 良博(2000),イラストでみる犬学,講談社

画像は全て著者が撮影したもの。

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(執筆者: MASSAORI TANAKA) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか