プロ野球助っ人選手の教科書映画「ミスター・ベースボール」【キネマ懺悔】

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「移籍先はカナダでもクリーブランドでもない、ニッポン。チュー…チュー…中日。中日ドラゴンズだ」

おいおいちょっと待ってくれよ。メジャーリーガーの俺に日本へ行けと言うのか? 唖然とするベテラン1塁手。物語はそんなシーンから始まる。
公開から20年以上経過した今もプロ野球助っ人選手の多くが、来日前にこの映画を観るという。日本文化、そして日本プロ野球の教科書『ミスター・ベースボール』だ。と言っても、一部とんでもない解釈の入った教科書なわけだが……。
アメリカで1992年に制作された本作(日本公開は翌93年2月)の舞台は名古屋の中日ドラゴンズ。主人公のジャック・エリオット(トム・セレック)は4年前にワールドシリーズMVPを獲得した元スター選手だが、前年の打率は2割3分5厘。ニューヨーク・ヤンキースでは若手の台頭もあり出番を失い、ある日突然、日本行きを告げられる。

来日した主人公ジャック


来日したジャックには、空港で中日球団幹部とマスコミ陣がお出迎え。入団会見ではメジャー時代の48番ではない背番号54のユニフォームを手渡され、西村通訳に理由を聞くと「あなたに求められるホームラン数です」と即答される。
名刺交換でヤンキース時代のベースボールカードを差し出し、日本文化を茶化した際どい発言も通訳が勝手にコメントを修正して訳すコント風会見をこなすジャック。アメリカと比較したら異様に狭い部屋に案内され、ブラウン管の向こう側のCNNニュースでは自身を追いやったヤンキースの大物新人デイビスの活躍を伝えている。まだナゴヤドーム完成前で、昭和ノスタルジーが色濃く残るナゴヤ球場のボロボロのロッカールームでは、「靴を脱げ!」と怒られるお約束のシーンも。

中日の内山監督役を演じる高倉健


冒頭でこれらの文化の違いをテンポ良く見せると、お次は野球シーンだ。ジャックは打撃練習で「対ガイジン兵器」と名付けられたシュートボールに手こずり、口うるさいコーチにムカつき、ひたすら全体で行動する練習法に呆れ、ついでに自軍監督とも激しく衝突する。
この映画のもうひとりの主役と言っても過言ではない中日の内山監督役は、思いっきり星野監督風のキャラ作りで攻める故・高倉健。そんな健さん……じゃなくて内山監督は「太すぎだし、ヒゲを剃れ」と元メジャーリーガーに喝を入れ、堪らず「体重を知ってて雇ったんだろ? ヒゲとスイングは無関係だ」と反論するジャック。同僚助っ人選手マックスからは「この国に長居する気ない? 俺もその気でもう5年だ」と笑われ、自身の立場を的確に言い表す決定的な言葉を放たれる。
 「アメリカ人? このチームではガイジンさ」

異国の地で戸惑う元メジャーリーガー


いやいや野球はゲームだ。楽しまなきゃ。そんなスタンスでチームメイトたちと何とか打ち解けようと、メジャー流のイタズラで向井キャプテンのスパイクに火をつければ首脳陣から怒られ、審判の不可解な判定に絶望し、「送りバント?俺はプロだぞ」と野球とベースボールの違いにも戸惑う。
フロント陣は狂ったように「巨人戦には負けるな」と繰り返すだけ。イラついて死球を食らって乱闘すると、同僚助っ人にも「ここは日本だ。いい加減にしろ」と呆れられる始末。異国の地で孤独に打ちひしがれる元メジャーリーガー。

ジャックの元に現れた救世主


そんなカルチャーショックを受けまくるジャックの元に救世主が現れる。練習中にスタンドから声をかけてきた正体不明の日本人美女ヒロ子(高梨亜矢)である。彼女からビジネスの話がしたいと食事に誘われ、球団主導の健康ドリンクCM出演依頼を提示されて戸惑うジャック。
この女、何者だ? しかし、神戸ビーフはマジ美味い。なんなんだこの肉のクオリティは。で、ヒロ子はドヤ顔で言うわけだ。「日本は外国のいいところを上手に取り入れるの」と。ヒロ子を介して数多くの日本文化に触れるジャック。
唐突に風呂でジャックの背中を流すという、凄まじいトンデモ展開はとりあえず置いといて、後日ヒロ子の車に乗せられ連れて行かれた実家にいたのは、なんと健さん……じゃなくて内山監督。そう、ヒロ子は内山監督の娘だったのである。そして彼らは……というところで映画の前半部は終わる。

野球シーンが素晴らしい「ミスター・ベースボール」


この映画は(やりすぎな日本描写はあるけど)とにかく、野球のプレーシーンが素晴らしい。ナゴヤ球場に10万人以上のエキストラを動員して撮られた試合シーンの臨場感、役者たちのプレースキルの説得力、店先や空港でプロ野球に見入る人々の表情。それは例えば、邦画の『ルーキーズ』とは比較にならない完成度の高さだ。
劇中、内山の持つ7試合連続本塁打の記録に挑むジャックは、王貞治の記録の挑戦したランディ・バースがモデルだろうし、ナゴヤ球場で一度ベンチに帰りかけながら、相手の野次に振り返り怒濤の勢いで詰め寄る高倉健は完全に「あの頃のファイター星野仙一」になりきっている。
野茂英雄の渡米前でまだメジャーリーグが身近ではない、日本プロ野球が鎖国化していた最後の時代の空気感を再現した記録映像としても必見で、野球に少しでも興味がある人なら一度は観ておいて損はない作品だ。

そして、『ミスター・ベースボール』が日本公開された93年にプロデビューした18歳の少年。松井秀喜という日本人スラッガーが、のちに名門ヤンキースの4番を打ち、ワールドシリーズMVPを獲得することになるとはジャック・エリオットも海の向こうで驚いていることだろう。

『ミスター・ベースボール』
監督:フレッド・スケピシ 出演:トム・セレック、高倉健、高梨亜矢
キネマ懺悔ポイント:77点(100点満点)
健さんの披露する英語と言えば『ブラック・レイン』が有名だが、無愛想そうに見えて実はお茶目なナイスガイというキャラはこの作品でも健在である。ちなみにトム・セレックは現在71歳(!)だ。
(死亡遊戯)

※イメージ画像はamazonよりミスター・ベースボール [DVD]