【リオ五輪総括】6カ月間の準備期間を振り返る霜田NTD「時間がない中でJリーグとの調整、対戦国を探すなどはできる限りのことはやってきた」

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▽日本サッカー協会(JFA)の霜田正浩ナショナルチームダイレクター(NTD)が、今夏に行われたリオ五輪の総括を行った。霜田NTDは、今年1月に行われたAFC U-23選手権でリオ五輪の出場権を獲得してから本大会を終えるまでを振り返っている。

▽わずか6カ月間の準備期間では五輪に出場する強豪国とのマッチメイクが難しいものだったとコメント。その中でできる限りの準備を行い、ブラジルに向かってからも選手たちのコンディションに細心の注意を払っていたことを明かした。

◆霜田正浩ナショナルチームダイレクター(日本サッカー協会)

「こんにちは。お忙しい中ありがとうございます。五輪が終わってすぐにW杯の予選が始まってしまい、どのタイミングで総括するのが良いのかを計っていました。先日の技術委員会で出た話題も集約し、最終的には技術委員長に調整してもらい、総括という形でまとめさせていただきました」

「キャンプに帯同してくれた記者の方にはご存じでしょうが、改めて次の東京に向けていろいろなことを検証していかなければいけないと思っています」

「最初に、ここで直接お話しできないようなこともあります。たとえば個人への評価。監督についても、ロンドンの時もそうだったように協会の中でストックして、次の五輪に向けて参考にするという形になります。全部のことをお話しできるというわけではないことだけご了承ください」

「予選リーグ3試合、準備などは技術委員会で検証した結果をお見せします。ここでお見せするパワーポイントはJFAが出すテクニカルレポートの中に入れます。出てくるデータや数字はいずれレポートとして出ます」

「ご存知の通り、3試合で負けてしまいました。この3試合で、勝ち点1足りずに3位になってしまいましたが、結論から言えばグループリーグは突破してブラジルなりデンマークなりと試合をしたかったなというのが正直な感想です」

〜〜本大会に向けた準備〜〜

「どういう準備をしてきたかを振り返ると、1月に出場権を獲得し、2月は選手をクラブに戻しました。Jリーグが始まる前のプレシーズンに参加させて、3月から活動しました。その中で、どうしてもメキシコと対戦したいということだったので、ポルトガルに飛んでメキシコと対戦し、もう1試合、ヨーロッパで強豪と対戦できればよかったのですが、そこまで来てくれる国は少なかったです。あるいは、U-23の活動をしている国自体が少なかった中で、今後の反省でもありますが、五輪に出場しガチンコで親善試合をしてくれる国を見つけるのは年々難しくなっています。なので、スポルティング・リスボンにお願いして、クラブチームと対戦しました」

「4月、5月は月に1度の強化をしたいということで、Jリーグの強化担当者会議で4年に一度の五輪イヤーということで、クラブの了解を得て活動をさせてもらいました。エスパルスとも練習試合をして、フル代表のガーナとも対戦しました。U-23のチームがシーズンの最中に15時間のフライトを経て日本に来るのは非常に難しい状況でした。日本で親善試合をやらなければいけない制約もあり、日本の選手の移動の負担を少なく。Jリーグの試合の間の月曜日、火曜日、水曜日で手ごたえのある相手とやるのは難しいことでした。ここはガーナがしっかり来てくれたので、アフリカと初めて対戦することになりました」

「それからトゥーロンに行って4試合できました。トゥーロンではいろいろな年代が混在していて、パラグアイはU-20、ポルトガルはU-21と各国それぞれが、この時期にベストメンバーを揃えられないという世界的な事情があり、この場で他の国々と情報の交換をしました。それをどうやってFIFAに訴えようかという話もしています。現場の国際経験を積むということだけでなく、五輪に参加する国も出ていたので、そういう情報交換の場としてもトゥーロンは有意義なものでした」

「ただ、ACLと被ってしまい、ACLに出るチームの選手を連れていけませんでした。Jリーグの選手たちにとっても、大会直前の大事な試合をベストなメンバーで臨めないということは非常に残念だったなと思います。そこはもう少し、Jリーグ各クラブとの関係を構築していかなければいけないなと感じました。それでもACL以外のチームからは、レギュラーを取っている選手でもトゥーロンを優先してほしいと伝え、ある程度のメンバーが呼べました。久保はケガをしましたが、南野は呼べました。そういう意味ではベストメンバーに近い選手たちでトゥーロンに臨めたのは良かったかなと思います」

「それから松本での試合。五輪に出るU-23の南アフリカが来てくれたので良かったですが、やはりシーズン中の月曜日から水曜日に日本に来てもらうのは非常に大変で、五輪イヤーの直前のマッチメイクに関しては検討しなければいけません」

「ブラジルに渡っても試合をしました。この辺のマッチメイクは現場の希望を第一に考えました。それから、Jリーグから選手を出してもらうので、Jクラブの交渉も踏まえた上で日程を決めて、その後にマッチメイクしました。正直、1月に突破を決めて7月に本大会があり、6カ月しか準備期間がない中でJリーグとの調整、対戦国を探すなどはできる限りのことをやりました。ただ、もう少し練習試合ができればよかったなと思っています」

〜〜ブラジル到着後の準備〜〜

「次の準備は向こうに行ってからのことです。これは他の国との対戦ではなく、自分たちでどれだけ良いコンディションで臨めるかという準備です。今回、初めて国立スポーツ科学センター(JISS)から中村大輔さんという方に来ていただきました。彼は疲労回復のスペシャリストで、コンディションの専門家で、もともとサッカーへも造詣の深い方です。また、普段からJISSに務めておられるので、コミュニケーションを取っていました。今では、ハリルホジッチ監督が来てからは当たり前になっていますが、アイスバスのケアをしたり、今回は初めて下半身の疲れを取るような器具を導入したりしました」

「選手はマッサージを受けるだけでなく、空いている時間に疲労が回復できるような器具を持っていきました。リカバリータイツについても、寝るとき、飛行機に乗るとき、移動の時などに穿かせるようにしました。いろいろと、疲労回復に務めました。コンディションのチェックに関しては唾液検査。それから、視感的な疲労度などA代表と同じようなコンディションチェックを行いました」

「予防のエクササイズについてもJリーグの各コンディショニングコーチとダイレクトで連絡を取って協力を仰ぎ、代表の活動ではない日ごろからでも常にこういうことをやっておいてくださいというのをお願いしていました。時差対策、暑熱対策はだいぶ前から行っていました」

「結果として、コンディショニングが悪くて戦えなかったという試合はなかったです。3試合とも日本が走り負けたということはなかったので、この辺の準備がうまく機能したというのは実感としてあります」