■極私的! 月報・青学陸上部 第7回

 長野県御嶽での夏季選抜合宿――。

「はぁはぁ」

 クロスカントリー30kmを走る選手たちの息づかいが聞こえてくる。残り2、3kmになると苦しそうな表情を浮かべる選手、表情を変えずに淡々と走る選手に分かれ、走りに違いが出てくる。両者が混在する中、先輩たちに負けず、快走する1年生がいた。

「鈴木と吉田はいいよね」

 原晋監督は満足そうな笑顔を見せる。

 今年は春先から、「元気があって生命力のある1年生が多い。下田裕太ら今の3年生が1年生のときのような感じがするね」と原監督は1年生を高く評価していた。その期待通り、入学後わずか5カ月でぐっと伸びてきたのが1年生の吉田祐也と鈴木塁人(たかと)だ。ふたりは1次合宿を経て、選抜メンバー21名に入り、御嶽の選抜合宿に参加。すでに原監督から箱根駅伝での区間も提示されており、本番での走りも期待されている。

「吉田は特に目立った成績はないけど、春先からいい練習が積めているし、山登りのタイムもよかったからね。感じるものがあって選抜に入れたんですよ」

 原監督は吉田についてそういった。

 吉田が自らの評価を高め、原監督にその存在を強く印象づけたのが1次合宿、菅平トライアルだった。21kmの距離走で上りが5km程度あった。そこで選手が振り落とされ、山の適性がわかるのだが、そのときにしっかりとした走りを見せたのが吉田だった。

「そのときは、そんなに上りがきつい感じじゃなく、もうちょいイケるって感じで調子がよかったんです。もともと山は苦手ではないですし、誰にも負けたくないと思っていたので最後まで走り切りました。そうしたら練習後、監督に『おまえは山候補だ』って言っていただいたんです」

 原監督の見立ては5区。

 吉田はもちろん箱根を目指して青学に入ってきたのだろうが、原監督に言われるまでは何区を考えていたのだろうか。

「もともと8区か5区かなと考えていました。ただ5区は本当に自分に適性があるのかどうか半信半疑だったんです。でも、8月の合宿で山を走ってみると思った以上に走れましたし、監督からの言葉もあり、今は5区を目指すことで気持ちが固まりました。5区は距離が短くなった(23.2km→20.8km)ので、1年生でもなんとか走れる距離ですし、チャンスなので絶対に走りたいです」

 吉田は163cm、46kgと小柄なサイズだが、山登りにはそのコンパクトなサイズが生きてくる。高速勝負ではなく、低速トルクでグイグイと登るには軽いサイズの方がベターだ。また、三代目山の神・神野大地と同じサイズであることも吉田の"山"への気持ちを一層駆り立てている。

「神野さんと体型が似ているとよく言われます(笑)。ほぼ一緒なら自分も山を走れると思いますし、実際、自分の強みは体重が軽いこと。体が小さい分、エネルギーのロスが少ないので持久力があります」

 夏季合宿を順調に終えて、原監督から5区の指名を受けた。4月から怖いくらいに順調にきているが、それには大きなキッカケがあったという。

「入学してしばらくは先輩について練習していたんですけど、5月ごろに監督に『このチームに所属しているだけで、強くなった気でいたらダメだ』って言われたんです。そのとき、先輩方は自分でアクションを起こしているから強いんだ。自分も考えを変えて箱根に出るためにアクションを起こさないといけないって、思ったんです。それからはジョグでも先輩に合わせるのではなく自分のペースで走り、距離を指定された場合は早いペースで走るとか、自分で考えて練習しています」

 充実した練習をこなした分、体のケアには十分に時間をかけている。過去に痛い経験があり、これまで順調なだけに「落とし穴」には細心の注意を払っているのだ。

「高3のとき、大事なときにケガをしたことがあったんです。チームキャプテンでエースとして駅伝を走る予定だったんですが、左すねの疲労骨折で走れなくなって......。それまで骨折なんてしたことなかったんですけど、大事なときに折れてしまった。本当に悔しくて情けなかったです。それからはケガをするのが絶対にイヤなので、人一倍ケアには時間を割いています。ストレッチやストレッチボールを使用してかなり入念にしています。一度チャンスを無駄にしたので、箱根ではそのチャンスを失いたくないですからね」

 部内で先輩たちとの競争に打ち勝ち、最終的に"山"を走るためには何が必要だと考えているのだろうか。

「山を走る覚悟が必要なので、そのためにはまず練習ですね。テーマと意義をもって練習します。それに強い先輩方がたくさんいるので勝負にこだわって、学内TT(タイムトライアル)で常に上位にいられるようにしたいです。そこで下位に落ちるようだと、箱根に出られなくなるので、絶対に負けられないですね。

 ただ、自分はすごく慎重な性格で"石橋を叩いて壊してしまう"タイプなんです。たとえば調子がよくてもっと練習ができるんですけど、ケガが怖いのでセーブしてしまう。終わってから、練習をもうちょいやっていればと後悔することがよくあって......。でも、これからは思い切って走る場面や相当の練習量を求められることもあると思うので、そのときはセーブせずに、全力でやっていきたいと思います」

 おとなしげな表情の裏にある大の負けず嫌い。それは箱根を走るには必要な要素でもある。果たして、1年生で神野の後継者となるのだろうか。それとも彼を超える新たな山の神となるのだろうか......。

 春からずっと好調を維持しているのが鈴木である。4月世田谷記録会の5000mで14分11秒57の自己ベストを更新すると、4月30日の日本選抜陸上和歌山でも4秒タイムを縮めて自己ベストを更新。5月22日、関東インカレでは13分58秒48というタイムで3位に入り、先輩たちの度肝を抜いた。さらには6月のアジアジュニアで優勝するなど、ルーキーながら抜群の安定感と突出した活躍を見せ、夏を越えた。

「夏季合宿、トラックシーズンを含めて、ここまでこんなにうまくいくとは思っていなかったです。最初は先輩方にとって自分は怖い存在ではなかったと思うんですけど、最初のトライアルで田村和希(2年)さんとゴールしたときぐらいから『こいつやるなぁ』って思っていただいて。それから和歌山で自己ベストを出して、関東インカレで、あの暑い中、調子が良くて13分台で走れました。夏までの試合に関しては100点。先輩を脅かす存在になりたいと思っていたので、ここまでは刺激を与えられる存在になれたのかなと思います」

 トラックシーズンで、しかも1年生でこれだけ波がなく、好調を維持しているのは驚きだ。その秘訣はどんなことなのだろうか。

「レース当日は試合が午後に多いので、朝ごはんを食べてからまた寝ます。起きるとスッキリしますし、それで前期はうまくいったので、そのいい流れを大切にしています。

 レースでは無心でガムシャラに走るようにしています。そのためには普段の生活からいかに不安を消していけるか。足に痛みがあるときはアイシングやストレッチで取り除き、ベストの状態でスタートラインに立てるようにしています。

 練習では、たとえば各自ジョグではレースをイメージして練習していますし、ジョグでみんながペースを上げるときは何とかついていくのではなく、自分で組み立てています。練習も含めて、将来や次のレースをイメージするのが好きなんです。周囲に流されないのも順調な秘訣のひとつかもしれません」

 他人に左右されない強いメンタル、安定した走り、トラックでのスピード、練習への姿勢などを原監督は評価し、1年生ながら「将来のエース」として期待している。箱根駅伝では1区を想定しているという。

「個人的には7区、8区を考えていたんですが、中間発表で監督に『1区の候補』と言われたときは『1区かぁ』と驚きました。でも、そのときはまだ1年生なので、先輩に刺激を与えるためなんだろうなと思って、真に受け止めていなかったんです。でも、夏季合宿で改めて1区の指名が入って(笑)。それからは1区15km過ぎのアップ&ダウンで自分が仕掛けているイメージをしたり、距離走でも箱根の20kmを考えて走っています。スタートが大事で、めちゃくちゃプレッシャーがかかる区間ですが、今は不安もないですし、1区だろうが何区だろうが、どんとこい。誰が来ても負けない気持ちでいます」

 鈴木は「応援しているよ」「頑張ってね」と言われるのが一番うれしく、一番のモチベーションになるという。沿道の応援が走る活力になるということだ。そういう意味では鈴木はまさに箱根向きの選手と言える。

 しかし、ここまで順調なゆえに慎重にもなっている。高2のとき、県大会3日前に車に轢かれる事故に遭い、県駅伝10日前に机を足の甲に落として指を折った。大事な大会の前にケガをするという苦い経験があるからだ。

「それを踏まえて高3のときはケガなく過ごせたし、青学に入ってからもここまで大きなケガなくやってこられました。最近は自分のセンサーが働いて、これ以上やるとケガしそうだなとわかってきたんです。そこできちんとケアしていけば大丈夫です」

 箱根駅伝まで残り4カ月。その前には出雲駅伝、全日本駅伝(伊勢)もある。この期間をどう過ごすかで箱根での出走が現実になっていく。

「箱根の前に出雲と全日本があるので、まず、そこに選ばれる選手になること。出雲ではアンカーの前の5区を走りたいですし、もし選ばれたら結果を出すだけです。それが箱根駅伝につながってくるので。

 練習では(箱根を走れる)10人というメンバー争いの中で、先輩方と自分のポジションを常に意識して学内TTで目に見える結果を出していくこと。タイム的には5000mではどんなときもラクに13分台を出せるようになりたいですし、10000mは28分40秒でいきたいです。あとは ケガだけ気をつけてチームに迷惑をかけないようにするだけですね。それができれば1区を走れると思いますし、他の区間を走っても大丈夫だと思います」

 走りも肝っ玉も"大物ルーキー"といった感だが、走るマシーンではない。西野カナ、miwaなどメッセージ色の濃い歌に刺激を受け、「長距離は気持ちで走るので彼女の存在は大きい」と普通に恋愛観を語る。高校時代は坊主だったが入学してから髪の毛が伸び、「青学生っぽくなりましたでしょ?」と笑う表情には1年生の初々しさが残る。一方で、その柔和な表情とは裏腹に将来のことを含め、キャリアをプランニングする合理主義な一面を持つ。

「大学卒業後は実業団に入ってマラソンをやります。実業団ではトップにいたいので、そのために青学に入ったのもありますし、この4年間をどう使うかですね。来年か再来年には東京マラソンを考えていますし、一色(恭志)さん、下田さんと、いいお手本がいるので先輩のやり方を見ながらプランを考えていきたいです。

 現役時は走りに集中して、引退したらスポーツカーに乗りたいですね(笑)。自分は古いランサーエボリューションが好きなのでマフラーとウイングつけて改造して走りたいんです。それまでYouTubeで『湾岸ミッドナイト』を見て我慢します(笑)」

 夏季選抜合宿の途中で腹痛を起こし、練習メニューが軽減され、「何やってとんやぁ」と原監督に苦言を呈された。だが、翌日には復活し、フルで練習をこなした。根性と"自分がやらないといけない"という自覚もある。他の1年生の目標になっている鈴木が16年組を引っ張っていけば、下田ら現3年生に匹敵する強力な世代になる可能性がある。鈴木はそういうイメージをしっかり持って、プランニングしているはずだ。

 御嶽の夏季選抜合宿には、1年生では彼ら2人以外にも中根滉稀と花田凌一も参加していた。上級生は下からの突き上げに、うかうかしていられないだろう。元気な1年生は先輩たちの大きな刺激、いや脅威になっている。

佐藤 俊●文 text by Sato Shun